追い波で、GO!

愛知県に住むシーカヤッカー・カミヤッカーが、勝手気ままに書き散らす日記です。

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 冒頭のシーン、若き日の紋次郎。「渡世の義理だー!」と叫び、どこかの親分に切りかかる。
「おらぁお前なんか知らねぇぞ」と逃げ惑う親分。
 紋次郎、親分を倒すも大怪我を負ってしまう。さらに一宿一飯の恩義で、ただ単に利用されただけだったことに気が付く。

 ここで、”渡世の義理”の解説なのですが、一般的に渡世人は旅をする時、宿場・宿場の親分の家に草鞋を脱ぎ、一宿一飯の恩と草鞋銭を受けとります。しかし、その一宿一飯の恩義は非常に重く、その一家が喧嘩する時は加勢しなければならないほどです。それをこのシーンの場合、渡世の義理と言っていました。


 木曾路・妻籠近くの峠を旅する紋次郎。お腹を痛めてうずくまる同業の渡世人・十太(高橋長英)を見捨てきれずおんぶして妻籠宿まで運ぶことに、しかし看病空しく死んでしまう。死に際にある遺言を頼まれる。その遺言というのは2通の書状を、十太の故郷の妻・お千代と利三郎の二人に届けることだった。
 紋次郎は書状の内容は知らないのだが、内容は「この書状を届けにくる男が木枯し紋次郎だ。間違えなく松五郎親分の仇を討てるように、手はずを整えてくれ」という衝撃的なものだった。
 つまり、紋次郎は自分を殺せと書かれた書状を、宿敵とつけ狙う一家の元へと、ノコノコと届けに行くというというのだ。

 「渡世の義理で恨みのない人を切ったり、僅かな草鞋銭で追っ払われたり、そんあ割の合わねぇことは、もうコリゴリです。親分衆のうちへご厄介になるのは、やめておりやす。」
 という紋次郎のセリフで観る者は、ここで冒頭の若き日の紋次郎のシーンにおいて、紋次郎によって殺された親分こそが、十太の親分・桶川の松五郎であったことや、紋次郎の腕の評判を聞きつけ、半ば無理やり一宿一飯の恩を押し付けられて、憎んでもない人を切らねばならなくなった状況や、さらには、そのことが原因で、それ以降紋次郎は、どこの親分さんのところにも草鞋を脱がなくなったことになったことに気が付きます。

 そして、善助一家と戦うことになるのですが、善助は紋次郎に向かって「やくざの義理は、果たさなけりゃならねぇ」と大見得を切る。(この場合のやくざの義理とは、松五郎親分の仇を討たねばならないという意味です。)
 しかし、紋次郎によって善助の子分は全滅されて、残るは善助とお千代のみとなります。善助は、お千代に加勢するよう怒鳴る。
 その言葉に呆れた紋次郎は、「ヤクザの義理が聞いて呆れらぁ」と善助を切る時の捨て台詞で言い返えします。

 お千代は、利三郎一家が待ち構えているから地蔵峠へ行くな、と紋次郎を説得しますが、紋次郎は
 「十太さんとの約束を果たさなければなりやせん」
 「渡世の道に命をかけたんですよ。十太さんさんは」
 「自分なりにやくざの道を貫き通したんだ。十太さんは」
 「あっしには、十太さんの立場がよく分かりやす。あっしも骨の髄から渡世人だからでしょ。」
 と、自分が利三郎に書状を届けに行く意義を、分かりやすく説明する。

 いよいよ別れ際、「十太さんのおかみさん、随分とお達者で。」 と、お千代に対して名前ではなくあえて『十太さんのおかみさん』という自分の立場を鮮明にした表現で、二重の意味で完全な別れを切なく告げ、利三郎一家が待ち受ける地蔵峠へと、死地へと敢えて向かいます。

 地蔵峠で豪雨の中、紋次郎と利三郎一家が対峙する。紋次郎は「頼まれた書状だ!受け取れ!」と怒鳴り、書状を高く投げ、楊枝を吹き刺し書状を木に貼り付け、遂に十太との約束の全てを果たします。そしてスローモーションによる豪雨の中での戦闘シーンで、この物語は終わります。

           * * *

 十太にとって、峠で助けてくれた紋次郎は命の恩人である。しかし、親分の意趣返しは、渡世の掟でもある。十太は、命の恩人への恩を捨て、あくまでも渡世の道に生きた。紋次郎にとって十太は命の恩人を裏切った人間ではあるが、同じ渡世人としての十太の選択は、十分理解出来る。いやむしろ、渡世人・十太の死に際の頼まれ事は、自分の命を懸けてでも果たしてやる。と決心したのでしょう。

 桶川の松五郎親分殺しの仇討ちは、紋次郎が生きている限り続く、それは決して逃れられない運命である。紋次郎は、その運命に対して、逃げ出さず最後まで立ち向かう。また、十太の死に際の頼まれ事に対しても、決して逃げ出すことはない。

 主人公が、自分を殺してくれと書いてある手紙を後生大事に届けるという類を見ない奇抜なミッションの魅力を縦糸に、渡世の義理や掟でがんじがらめになった人間達が、矛盾にもがきながらも自分に出来る最善を探るのを横糸にして、緻密なタペストリーを見るかのように、紋次郎の義理堅さ・律儀さと、紋次郎が生きているのはそんな過酷な渡世の世界なのだということを、つまり紋次郎の生き様そのものを、重層的に、かつ鮮明に浮かび上がらせています。紋次郎の魅力が、ぎっしり詰まった文句なしの傑作です。

 もし、傑作ランキングを作るとしたならば、私はどの作品も本当に大好きで、順位を付けづらいのですが、あえて順位を付けるならば、私は、この作品をNo1に挙げると思います。


・見所

 たった1日で、善助一家と利三郎一家の2つの一家を、皆殺しにした紋次郎、強い。

 紋次郎が、上半身裸のシーンが2箇所ある。(入浴シーン、着替えで手甲を着けるシーン)その時に腕に島流しの刺青はない。市川崑の監修で「赦免花は散った」のエピソードの島流しの設定はなくしたのを、証明するシーンです。

 一般的に木枯し紋次郎は、野外ロケ中心のロードムービーといったイメージがあるが、この作品は、冒頭の松五郎親分殺害シーン、十太と出会う峠のシーン、利三郎一家と豪雨の中のスローモーションで戦う地蔵峠のシーン 以外、全てスタジオでの収録である。
 妻籠から野州まで四日で歩いたという設定なのだから、紋次郎定番のてくてく歩く旅のシーンが数カットあってもいいものだが、意外にもそれは全くない。スタジオ収録がほとんどなことに驚かされます。
 理由は、おそらく脚本・監督の市川崑の意図であることには間違いないと思われますが、この作品が撮影された時期が、大映倒産直前だったので、大映のスタジオがまだ借りれて、スタジオ収録部分が多くなったことも大きな要因と考えていいと思われます。
 大映倒産以降の作品は、大映のスタジオが破産管財人の管理下に置かれて、借りれなくなって、しょうがなく屋外ロケで済ませるようになった、後から改めて木枯し紋次郎 を鑑賞すると、「大部分が野外ロケ」というイメージ、木枯し紋次郎の木枯し紋次郎たるゆえんいうのは、実は大映倒産の副産物にすぎず、結果オーライなことだったということに、この作品を観て気付かされます。


・突っ込み所

 善助一家と戦うラストシーンの善助親分のセリフの言い回しが、あまりにも昔の時代劇のセリフの言い回しで、新感覚時代劇の「木枯し紋次郎」にはそぐわない。

 十太と出会う峠と、地蔵峠、ロケ地同じじゃね?

 書状の文字、十太、意外と達筆(笑)

 お千代に対して、きれいだ、きれいだ、と褒めまくるシーンが紋次郎ぽくない。ていうか紋次郎、くどいてるの?

 原作は実は、笹沢左保原作ではあるのだが、紋次郎シリーズが書かれる前に書かれた紋次郎ではない別の渡世人が主人公、そのキャラクターの名残り残ってしまったのかと思われます。(原作をまだ読んでいないので断定できませんが・・・)
 ただ紋次郎シリーズ自体は、笹沢左保が現代小説から時代劇分野へ進出して以降、作品毎にに別の主人公で書かれていた渡世人物を、毎回主人公を考えるのは大変だということで、これからはシリーズ物で行こうと考案されたキャラクターであり、いわば紋次郎以前の渡世人は紋次郎のプロトタイプや雛形であるわけで、紋次郎が街道のどこの親分の家にも草鞋を脱がない理由は、紋次郎にも、この「地蔵峠の雨に消える」と同じ事が起こったと容易に想像できます。

 紋次郎のキャラが、少しブレていたり、野外ロケが少なくスタジオ収録中心だったりと、その点が紋次郎らしくない。

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