追い波で、GO!

愛知県に住むシーカヤッカー・カミヤッカーが、勝手気ままに書き散らす日記です。

GO EAST

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海流を外す

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5月4日(金) 七日目

 目覚ましのセット通りに4時に目が覚めた。あたりはまだ薄暗かった。寒さを感じたので汁物中心に、棒ラーメン、ほうれん草スープなどで朝食を食べた。食料がかなり少なくなってきたが、今日で終了だから、持参した食料は、ほぼジャストってところだろう。

 大急ぎで出艇の準備に取り掛かり、6時20分に出発できた。デッキコンパスを真東に合わせ漕ぎ始めた。このまま東へ、東へと漕いでいけば、波勝崎に辿り着く。

 去年の10月、今年の3月に伊豆に来た時は伊豆から御前崎側の山々のシルエットが見えていたのだが、黄砂のせいなのか、かすみがかかっていて、50Km東にあるはずの伊豆半島は全く見えない。風は無風、波も無し、次第に南東からの弱い風、ヒザくらいの風波が出始め、モモくらいのうねりが南西から入っている。

 真東に沖に向かって7Kmくらい漕ぐとパドルのブレードの水のキャッチに微妙な違和感を感じた。少し軽い気がする。GPSの現在の時速を見ると時速4Km台を表示している。ロングツーリングの体力温存のために、スピードを全く出していないのだが、時速4Km台とは異常な遅さのスピードだった。少し気合が足らないのかな?気合を入れなおして一生懸命に漕いでみる。それでもギリギリで時速5Kmに達する程度だった。ここまで遠州灘では、追い風のアシストも利いて時速6.1Km〜6.4Kmは出ていたはずなのだが。明らかに何かがおかしい。

 カヤックを停止させ、パドルを目いっぱい端っこに持ち、長く伸びたブレードを海中深く刺し入れ、パドル、体、カヤックを一体化させ、海流そのものの速度をGPSで計測した。GPSの計測では、真西に1.3Km〜1.4Km押し戻されていることを示していた。まずGPSの故障を疑い、何度も計測しなおした。が、結果は同じだった。どうやら、駿河湾の海流にはまってしまったようだ。

 駿河湾は黒潮の影響で海流が発生する。
http://www.pref.shizuoka.jp/7000m/museum/014.html

 (今回は上の図の左の黒潮が伊豆付近を流れている状態で、相良−波勝崎に西の海流が流れているようだった。)

 仮に海流に押し戻されてルームランナー状態に陥ったとしても、横断時は陸地が見えないので相対的に移動していることを、漕いでいる人間から自覚出来ない。だから今回GPSを持参して、GPSでそれを計測しようと思っていた。

 そのまま海流を遡ってもいいのだが、50Km超の長丁場なので、さすがにスタミナが心配だ。海流を外すことにした。塩島さんがアドバイスしてくれた海流の外し方は、右か左かどちらかに数キロ漕げばよいとのことだった。

 前日塩島さんから雲見上陸の指示があったので、雲見は波勝崎の5Km弱北になるので、北へ向かって漕ごぐことにした。ただし御前崎側の陸地が北東に伸びているのでそれに沿って、90度ずらすのではなく、距離が長くなるが45度斜めに漕ぐことにした。伊豆半島に少しでも近づきたいという気持ちが強いというのもあった。

 1Km毎に北東に漕いでは、カヤックを停止させ海流を計測した。5Km北東に漕いだところで、ようやく海流がゼロになるのを確認して、再び真東に向かって漕ぎ始めた。

 東に向かって漕ぎ始めること約2Km、またパドルのフィーリングに違和感を感じた。海流を計測してみたところ、ここでも西に1.3Km流れていた。

 再び1Km毎に海流を計測して北東に漕いだ。2Km北東に漕いだところで、海流がゼロになった。結果的に合計7Km北東に向かって漕ぐことになった。

前提条件クリア!

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 浜岡原子力発電所の前の海水は驚くほど温かだった。

 御前崎の前はブーマーだらけでメチャメチャ荒れていて、荒れていないギリギリを、約300mくらい沖合いを迂回してまわった。

 御前崎港の前で、海上保安庁の巡視船おきつ から降ろされてきた小型ボートに呼び止められて、「どこへ行く?」「名前は?」「携帯の番号は?」などと聞かれ、「今日の相良到着、明日の出発時、明日の伊豆到着時に連絡をくれ。もし明日夜になったら我々は君の捜索を開始しなければならないから。」と告げられた。

 海保の小型ボートと別れると急に向かい風が強くなり、残り3〜4Kmくらいなのだが強風の向かい風の中、非常に苦労して、1時間かけて相良に着いた。15時40分 約9時間。

 テントを張り、あり合わせの夕食を食べた。


 これでまずは、駿河湾横断の前提条件となる5月4日の前日までに相良に辿り着くことはできたわけだ。ここまで、自分がやれる限りのことは、やったわけだ。最悪の事態、自分との勝負に負けることはなかったわけだ。少しだけだが充実感を味わった。

 あとは、明日の朝起きた時の自分自身の肉体のコンディションと、天気と海のコンディションに素直に従うだけ。そう覚悟、納得をして、そしてシーカヤックの神様に「明日、駿河湾を無事渡れますように!」とお願いをして、泥のように寝た。


 静岡県磐田市中平松 6:40 〜 静岡県相良町須々木 15:40    50.23Km

まずやるべきこと

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 ラジオの予報通り夕方までうねりは収まらなかった。今夜も磐田でキャンプ。結局、磐田に合計3泊することとなってしまった。

 これによって、明日は遠州灘を50Km超、そして明後日は駿河湾50Km超を漕ぐことが決定したのである。


5月3日(木) 六日目

 朝4時にセットした目覚ましに、少し二度寝してかろうじて4時半に起きれた。大急ぎで出発の準備をして、6時40分には磐田を出発できた。この時刻は今回の中では一番早い時間だ。

 二日間にわたる停滞は、私の肉体を完全にリフレッシュさせていたし、心も漕げる喜びに満ち溢れ漕ぐ気満々であった。それにもまして、とにかく今日がんばろう。と固い決意でみなぎっていた。

 というのは、明日もし風や波が高くて駿河湾を横断できないというのであれば、自分としては諦めもつくし、納得もできる。しかし、今日がんばらずして相良に辿り着かなくて、明日の相良からの横断のスタートはありえないし、横断の成功もない。まずは今日の磐田−御前崎−相良の50Km超を漕ぎきること。明日も大切だが、今日も非常に重要なのだ。明日があるのは、今日が首尾よくいってこそ。明日ではなく、今日こそが勝負の日なんだ。

 そのために、まずやらなければならないことは、この目の前の1Kmを移動すること。いや、目の前の100mを、いやいや、1mを移動すること、これからやろうとする一漕ぎをすることなんだ。

 初日の半日と4日目、5日目の停滞によって日程的にかなり厳しくなり、時間的に追い詰められると、泣きを入れる理由、断念する理由など、いくらでも思いついた。言い訳はいくらでもある。だが、決して泣きは入れまい。と気合を入れるのであった。

 期間を限定して、シーカヤックのロングツーリングをすることの悪い面。つまり、ある時間内に必ずどこどこまで行けなければならない。といった義務感が生じ、それがやっている人の状況判断などを微妙に狂わす。そのことをひしひしと感じる。

 が、そんなことを途中断念の言い訳にはしたくないという気持ちの方が圧倒的に強かったし、期間を限定することは自分の場合仕事上どうしてもやむを得ないということは、これを始める前から分かっていたことだ。肝心なのは、どんな重圧のかかった状況においても状況判断が決して鈍らせない。という強い信念と覚悟を持つ!ということだ。

 だから、完全に諦める前に、絶望する前に、目の前の一漕ぎ、一漕ぎをするんだ。

中断の危機の到来!

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 おなかがすいてきたので、昨日白井さんが差し入れしてくれた担々麺と今日海上で昼食として食べる予定だったおにぎりを食べることにした。

 担々麺を作るためにお湯を沸かそうとするが、ストーブの調子がどうも悪い。ボンベとストーブを繋ぐホース部分がシューシューと圧縮されたホワイトガソリンが漏れるのだ。どうやらホース内部のチューブが破損しているようだ。

 パドル、コンパス、ヘッドランプ、ナイフ、電池、などいろいろスペアやバックアップを今回持参してきたが、ストーブが壊れるという事態は予測していなくて、あいにくストーブのバックアップは持参してこなかった。

 非常に困った事態なのである。料理が出来ない → 食べる物がない → 腹が減って動けない → シーカヤックが漕げない → 旅が続けられない → 旅を中断せざるを得ない と結論づけされるのだ。

 昨日、差し入れに来てくれた白井さんの携帯に、電話して、浜松のアウトドアショップで新品のストーブを購入するという方法を、まずも最初に思い付いたが、そう何度もお世話になるわけにはいかない。

 何十分もあれこれと悩み考え抜いた。が、結局、この事態を解決するには、もう一回白井さんのお世話になるしかないという結論に至り、彼の携帯に連絡を入れた。

 白井さんはすぐに来てくれ、浜松のアウトドアショップへ車で連れて行ってくれた。そこでストーブを買い、今まで使っていたストーブに残っていたホワイトガソリンを移し変えた。すると30ccくらい、ほんの少ししかホワイトガソリンが残っていなかった。ついでにホワイトガソリンも購入した。

 たとえストーブが壊れなくても、担々麺を作っているとホワイトガソリンが尽き、早晩白井さんのお世話になる運命であったことが判明した。

 白井さんに重ね重ね感謝の言葉を言い、昨日に引き続きゴミ、空のペットボトルの処分をお願いして、さらにいらない物、使わなくなった物を宅急便で私の自宅へ送り返すことまでお願いしてしまった。

 送り返した物は、壊れたストーブ、気温が上がってきたのでマイクロフリース、低気圧はもう来ないようなので雨合羽と折りたたみ傘、あまり使わないのにやたら嵩張る運動靴、着終わった下着、Tシャツ、今まで一回も着なかったパドリングジャケット などだった。

停滞二日目

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 5月2日(水) 五日目

 昨日の停滞で体はすっかり休養できたので、疲労は取れた。漕ぐ気は満々で、目覚まし通りに5時に起きれた。

 天気はどんよりとした曇り、風は無風。しかし波はまだ高い。「ドド〜〜〜ン、ドド〜〜〜ン」、「ゴゴゴ〜〜〜、ゴゴゴ〜〜〜、」と、あいかわらず爆音は響き続けていた。この波では漕げない・・・。

 昨夜、ラジオをつけっぱなしにして大きい音にしたまま寝たので、電池が切れかかっていたので交換した。


 今日は大潮で、5時少し前が朝の満潮のピークだ。2日前にここでテントを張れば、余裕で大丈夫!と思って設置した場所の10m手前まで、気がつけば高波が押し寄せてきていた。仕方がないので、さらに1m以上高い場所へ15mくらい、6往復かけてテントとカヤックの引越しをした。


 このうねりはお昼頃にはおさまってくれるといいのだが。でなければ、今日もまたここで停滞になってしまう。地図を見てあれこれ考えてみた。

 スケジュール面から考えると、それは非常に都合が悪いことであった。5月5日に愛知県の碧南市の杉浦さんが私を迎えにわざわざ来てくれるので、そのためには最悪でも4日のうちには伊豆半島のどこかににいなければならない。

 もし今日丸一日漕げないとすると、明日磐田−相良 の区間約50Km超を漕ぎ、その疲れも取れぬままその翌日の5月4日に、相良−伊豆の50Km超を漕がなければならないことになってしまう。二日連続で50Km超かぁ〜〜!できればそれは避けたい。というのが心から思う正直な気持ちだ。

 50Km以上漕いだ翌日にどれだけの疲労が残るか、つい先日、既に体験しているし、大海のど真ん中を渡る駿河湾横断こそは、なるべくベストの体調で臨みたいというのが希望なのだ。

 出来れば、今日のうちに40Km、明日は10Km、そして明後日の駿河湾横断は50Km というのが、私の考える理想だ。


 いろいろ考えているうちに、昼前から、次第に雲はなくなり晴れてきた。が、波は一向におさまる気配はなかった。ラジオの天気予報でも、夕方までうねりは残ると告げていた。


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