追い波で、GO!

愛知県に住むシーカヤッカー・カミヤッカーが、勝手気ままに書き散らす日記です。

佐渡ツーリング

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2005年5月1日から4日までの4日間、佐渡島へツーリングに出かけました。その時の記録をボチボチとまとめていきます。

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遊覧船

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 赤島、黒島と過ぎて姫津の漁港に入った。港の前には、平島という天然の岩が防波堤の役割を果たす良港である。しかしその一部はコンクリートで護岸しているが・・・。

 姫津港を過ぎたあたりからが、尖閣湾のメインの海域だ。

 海底火山の噴火により隆起した流紋岩が20mほどの高さの海岸段丘を形成して、長年にわたる冬の季節風によって浸食され、断崖絶壁、岩礁などを形作っている。

 昭和7年、文部省の天然記念物調査委員の理学博士・脇水鉄五郎が、この地を踏査した際、天下の絶景と誉れ高いノルウェーのハルダンゲル・フィヨルドの景観に勝るとも劣らず、正に東西両洋に対をなす海岸美として『尖閣湾』と命名した。

 遊覧船の数も、超過密な海域だ。遊覧船には2種類あって、達者から出ている鮫の形をした100名ほど乗船できる大きい遊覧船、シャーク号。

 そしてもう一つは、揚島から出ている緑色の小型の細長い船。こちらは同時に何隻も海に出て、小回りを生かし細い入り江や水路を巡っている。船尾には、「はるき丸」、「まちこ丸」などと、人の名前で統一している。どうやらここ尖閣湾は、昭和29年に映画『君の名は』のロケ地となり有名になった所らしい。船の名前は、『君の名は』の登場人物の名前だ。

 緑色の遊覧船は小さいから、シーカヤックが入れる場所に入ってきた。(本当は遊覧船の側から見れば、いつも誰もいない遊覧コースにシーカヤックが勝手に侵入してきたと思っていることだろう。)狭い水路へ入る度に、後ろから何度も何度もプープーとクラクションを鳴らされて、我々は次第に恐縮してしまい、隅へ隅へと追いやられていった。しょうがないから、揚島を外回りして遊覧船の遊覧の団体客のピークが過ぎるのをしばらく待った。

天才造園師

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 相川の北から、尖閣湾に向かって漕ぎ始めた。我々の読み通り、波は穏やかで、非常に漕ぎやすかった。

 佐渡島には、南東に標高636mの大地山をピークとした山脈。北西に5月のゴールデンウィークでさえ頂に積雪を残す標高1172mの金北山を頂点とした山脈が2つある。

 それらの2つの山脈の間には、長年それらの山々から削り取られて堆積した土砂によって国仲平野が形成されていて、そしてその国仲平野の北には、両津湾、南には真野湾がある。さまざまな点でかなりのシメントリックな形状をなしていた。

 しかし一方、南東の海岸線と北東の海岸線とでは、その荒々しさに大幅な違いが見られた。南東の海岸線は佐渡海峡を挟んで40Kmくらいで本州があるので波による侵食があまりすすんでなく穏やかな海岸線なのに対し、北東の海岸線の先には日本海が広く広がっていて、北西の偏西風で発生した強い波が情け容赦なく押し寄せるため、何万年にもわたって浸食され続けた海岸線は、延々と続く高さ30mほどの断崖絶壁をかたち作っていた。

 そして侵食にも耐えるうる硬い岩々は、大小様々な奇妙な形をした岩と、複雑な海岸線、カヤックでのみ通れる狭い回廊を作り出した。それらは、どんな天才造園師でさえ作り得ない、自然が作り出した奇跡の造形美を誇っていた。

天領の金山

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 はぁ〜〜♪    佐渡へ〜〜♪

 佐渡へと     草木もなびくョ〜♪

 佐渡は居よいか  住みよいか〜〜♪     (佐渡おけさ)

 相川は、昔から金や銀が採れることで知られていたが、本格的な金山開発が行われたのは、江戸時代に入って徳川家康によって幕府直轄の天領とされて以降だ。

 金の採掘は17世紀に最盛期を迎え、産出量は当時の世界一にまでなった。産出量が枯れ始めた幕末まで、溢れ出る金によって幕府御金蔵を支えた。それまで小さな村だった相川は4万人もの大きな町になっていた。(現在、佐渡島全体の人口が6万9千人)

 そんなに大きい街だからこそ、奉行所も必要になったのであろう。その名残で今でも、こんな小さな町なのに警察署があると思われる。

 江戸時代、金鉱での働き口を求めて「佐渡おけさ」の歌詞通りに、人々は佐渡島・相川へと渡ったのであった。

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 相川のコンビニで昼食を買い、出艇する場所を求め北へ向かった。相川の町を出て1〜2km走ったところに海岸近くに降りれる道があり、そこには駐車スペースもあった。

 昼食を食べ、出艇準備を開始した。

ペコリ m(__)m

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 土曜日から、超・忙しいです。ここんとこ佐渡エクスペディション、サボっております。

 まもなく再開します。しばしお待ちを。  ペコリ m(__)m

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 フェリーは小木港に着いた。小木港はフェリーの港と、たらい船で有名な場所だ。

 たくさんの自動車が一斉にフェリーから吐き出され、小木港から国仲平野へ向かう一本道を走る。国道350号線だ。次第に遅い運転の自動車を先頭に7〜8台の自動車で自然と車列ができてくる。目的地に急ぐ気持ちをひたすら抑えて、その車列で走ること40分。小木から山を登り峠を降ると、真野湾が穏やかに広がっていた。全員その海の美しさに感嘆の声を上げた。

 佐渡島は以外と広かった。

 明治22年に7町51村もあった自治体が、昭和31年に10の自治体になり、平成16年3月1日に、両津市、相川町、佐和田町、金井町、新穂村、畑野町、真野町、小木町、羽茂町、赤泊村の10の市町村が合併して、佐渡島には佐渡市 一つのみになった。佐渡市は、平成16年3月の時点で、全国の市で12番目、新潟県の市町村で1番目に広い面積の自治体となった。ちなみに、人口は6万9千人。

 車列も徐々にバラけ始めて、真野を通過したあたりからは、自分のスピードで走れるようになった。一時間半くらいでで相川に着いた。

 相川は小さな町なのだが、コンビニも、警察署もあった。交番ではなく警察署だった。相川は、江戸時代金山で栄えた場所なので、昔奉行所もあったそうだ。

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