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未着手都市計画道路
井原鉄道の高架橋 と 国道486号線
岡山県井原市東江原町 青木地内
旧県道25号線が、平成5年(1993)に国道に格上げされたもので、
国道2号線の北の内陸部を
東から西へ、総社市・真備町・矢掛町・井原市を通り、広島県に入って福山市から東広島市に至る
総延長 136.2km (岡山県側:31.4km) の幹線道路です。
小田川の土手に架かる井原鉄道の高架
カズラの蔓で覆われたアスファルトの上に、今も旧県道の中央白線が残っています。
今から54年前の昭和40年(1965)、 この旧県道 (幅員約6m) は
幅員18mの都市計画道路の指定(青木境森線)を受けました。
そして、昭和41年に起工した国鉄井原線を、
この東江原町青木地内で 旧県道25号線を横切らせたため、
昭和46年、この土手部分の県道を廃線とし、
代わりに 上の写真の自動車が走っている部分が供用開始となりました。
↑ 私が立っている傍の井原線の橋脚は、旧国鉄によって 昭和44年に竣工しました。
しかし、この旧県道の廃線部分は、
驚くべきことに、令和元年の今なお 幅員18mの都市計画道路のままなのです。
もし、当初の計画どおり、ここに幅員18mの都市計画道路を造ろうとすれば、
鉄道の高架と橋脚が これを妨げているため、井原鉄道は 移転を迫られるし、
もし、井原鉄道の橋脚を このまま存続させるということになれば、
都市計画道路の指定は 解除しなくてはなりません。
このような ダブルブッキングは、
昭和41年(1966) 国鉄井原線の起工時にはわかっていたはずで、
当時 都市計画に責任を持っていた岡山県は 国鉄と、
このことに関して なんらかの協議をしていたはずですが、
県も市も 井原鉄道も、その協議内容を記した文書がないということです。
↑
昭和55年(1980) 国鉄再建法施行により、井原線は建設中止
その後 昭和61年(1986) 井原市の主導で 第3セクター井原鉄道を設立。
国鉄の事業を引き継ぎ、平成11年(1999) 井原鉄道を開業する運びとなった。
今になって 都市計画道路の指定を解除するというのであれば、
国鉄井原線との ダブルブッキングを生じさせた際に、
都市計画道路を放棄する選択肢もあり得たわけですので、
このように54年の長きにわたって、
都市計画道路沿線住民にかけられていた建築制限による不利益に対して、
これを放置してきた関係当局の責任は きわめて重いものがあるでしょう。
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