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私の育った家の家業は飲食店だった。 とにかく飲食店は多忙である。 まず閉店後である。 一番困るのがいつまでたっても帰らないアンポンタンなお客がいることである。 お酒を飲んでいると時間の感覚がなくなるらしい。 「閉店ですよ」 「そんな堅いこと言うなよ。まあ、いいからさおやっさんさ俺の話を聞いておくれよ・・・」 ってエンドレスなのだ。 客が全て帰ったら掃除。 掃除そのものもかなり大変。 食べ物だからこぼれたままにしておいたら不潔だし、とにかく汚れる。 器も洗わないといけない。 一日使っていたラーメンスープの巨大な鍋や、ボール類、お玉なども洗う。 だしにしていたガラを捨てたり、生ごみの処理をしたりする。 それらが終わってようやく夕食である。大体両親が夕食を食べるのは24時過ぎだった。 ご飯を食べ終わって、それから風呂に入ると、寝るのは25時過ぎである。 それでいて朝は早い。 まず、市場に仕入れに行かなくてはならない。 6時に家を出る。 それと朝は仕込がある。 餃子を巻いたり、ラーメンのたれを作ったり、チャーシューを作ったり、ねぎを刻んだり、しょうがをおろしたり、にんにくの皮をむいたり、キャベツを刻んだり、刺身のつまを作ったり、ハンバーグをこねたり、サラダのドレッシングを作ったり、ご飯を炊いたり、魚をおろしたり、とにかくあげればきりがないほど仕事がある。 これらの合間に朝食。 昼はてんてこ舞い(ってどんな舞だろう?)の忙しさ。 昼過ぎから、夕方まではちょっと楽であるが、そのときは餃子を巻いたり、鯵の骨をピンセットでむしったり、やっぱりキャベツを切ったり、餃子のタネを作ったりしている。 なんといっても飲食店が大変なのは休日がまるまる休めないことである。 普段できない時間のかかる仕込をする必要がある。 たとえば焼肉のたれを作るとか、牛スジを煮るとか、モツの煮込みを作るとか、そんな1日がかりになるような仕事がある。そのような作業はお客さんがいるときにはなかなかガス台がふさがってしまうのでできない。 いきおい休みの日ということになる。 そんなわけで、うちの親はいつでも多忙で、子供にかまっている余裕がなかった。 友達は両親からよくどこかに連れて行ってもらったりして、そんな友人たちをうらやましく思ったものだ。 たまに疲労を押して連れて行ってくれることもあったのだが、基本的には遠出はしなかった。大体が近隣の飲食店にご飯を食べに行くというのが親の休みの日である。今思えばそれでも親は大変だったのだろうが、当時はそんなことを思いはしない。 もっと遊びにつれてって欲しいなあ・・・。 ところが、小学校4年生ぐらいの頃突如として気がついたのである。 「どうせ連れてってくれないんだ」 って思って、親にどこかに連れて行ってもらうことをあてにしなくなったのだ。 あんな親みたいに仕事ばっかりやっている生活は嫌だと思って家業を継がなかったのだが、同じことになっている。 単身赴任なので、休みの日しか家に帰れないが、結局週に1日も休みが取れないことが多く、休みがあっても土日祭日は休みが取れない。 基本的には会社が非稼働日の月曜日しか休めないのである。 休みの前日は夜の25時に帰ってきて、休み明けの日には朝の5時に起きないと会社に間に合わない。 家でのんびりくつろいで子供と遊んだりとかすることができない。たまに子供が月曜日休みだったりするときに限って、遠隔地で会議だったりとかして休めないのである。子供が夏休みの間はなんと2日しか休みが取れなかった。運命に意地悪されているような気さえする。 まったくそんなわけで子供をどこにも連れて行ってないわけである。 「パパがおうちにいて欲しいな」 と子供が泣いていたという話を妻から聞くと、切ない気分で一杯になってしまうのであるのであるが、失業するわけにもいかない。
まったくもって自分が味わった不幸を子供にも味わせていることが自分でも本当に耐えがたく、平凡な一サラリーマンにはままならない状況なのである。 |
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2006年12月21日
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