|
『浦和レッズレディース』http://www.urawa-reds.co.jp/ladies/
『猶本光サポーターズサイト』http://hikaru-naomoto.net/
『生涯学習(History)』http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1657956.html
『広島カープ』http://www.carp.co.jp/
![]() ☺☼(○´д`○)☼☺こんにちわぁ♪![]() ![]() 《シュメルから来た名と、混入史実の分析》
※出典:加治木義博
大学院講義録28:07
<ラガシュ>の8代目の王の粘土板には、
王妃が<アダプ>国の王妃・
<エン・アグリダ・ティ>から贈物を受け、
錫と鉛と黄銅を返礼にしたと書いてある。
<アダフ>は武埴安彦の妻が阿田媛で、
<阿多>という地名が今も鹿児島県にあり、
それに「部」をつけたものに合う。
<アグリダ>という名も
ギリシャ・ローマの
<アグリッパ>、
<アグリッピーナ>になり、
我が国でも昭和初期頃まで、
南九州に多かった「アグリ」という名は、
義士で有名な播州赤穂の
浅野内匠(たくみ)の守(かみ)の
奥方の名も同じであった。
他に使用例のない名なので、
そのルーツがわかる。
播州は播磨で、
南九州の巴利国(マ)の人々の
拡大移動先であることは、
もう詳細に確認済みである。
次いで<ラガシュ>の王になったのが
<ウルカギナ>である。
彼は悪の温床になっていた
税制や、神官や、官吏。
軍人の横暴や横領を規正して
国民に聖君と讃えられた。
この王の名前もまた
崇神天皇の名乗りと合う。
<ウ>=<オ><御>、
<ル>=<ムァ>・<間>、
<カキ>=<城>、
<ナ>=<奴>、=御間城の天皇。
『日本書紀』は
崇神天皇12年9月、
はじめて人民を校し、調役を課す。
以て天神地祇和(なご)み、百穀みのり、
家は給し人は満ち足りて、天下太平なり。
故に称賛して「御肇国天皇」という。
とやはり聖君として讃えている。
これは「崇神紀」がウソなのでなく、
古い記憶または文献が挿入された際に
混入しただけで、
総て貴重な祖先の史実であることに
変わりはない。
M.K記(責)
|
日本語の系譜
[ リスト ]







hitoさん
ナイス有難う御座居ました。
2018/2/3(土) 午前 5:06
甲斐段平のネット検索さん
ナイス有難う御座居ました。
2018/2/3(土) 午後 1:20