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高齢者の4人に1人が、認知症とその予備軍とされる現代。自分がなっても、家族がなっても不思議ではありませんが、その「備え」となると難しいものです。独居の高齢者に注目し、ベストセラーになった『おひとりさまの老後』などで知られる、社会学者の上野千鶴子さんに聞きました。「上野さん、認知症にどう備えていますか?」なかまぁるの冨岡史穂編集長がインタビューします。 冨岡: 上野さんは認知症について、当初は「苦手意識」があったそうですね。関心を寄せるきっかけはなんですか。 「おひとりさまの認知症」に備える 3点セット
冨岡: 「なったときの備え」とは? 最終更新:2/20(水) 11:45
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2019年02月20日
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「謝罪するつもりはないし、そうすることでもない」!こんな事って日本の反発は想定内か。韓国の国益なんか知った事ないし早く消えて無くなって欲しい。そう願いを込めて日本といざこざを起こし溝を深めている。関係破壊に大きく貢献している(笑)
天皇に謝罪求めた韓国国会議長が本紙単独インタビュー「謝罪する考えない」 米国から帰国し本紙とインタビュー
「戦争・人倫犯罪に時効ない」
「米朝会談前の韓米日協力必要…韓国へ報復措置なら日本は大きなもの失う」
文喜相(ムン・ヒサン)韓国国会議長は17日、自身の「天皇(原文は日王)謝罪要求」発言に対する日本側の反発について、「謝罪するつもりはないし、そうすることでもない」と述べた。ただし、「韓米日が一つになって協力すべき状況において、このような事で争い続けるのは、お互い国益の助けにならない」とも言った。
文喜相国会議長は同日の本紙インタビューで、「日本政府と一部国民は、月を見ずに指ばかり見て話をしているようだ。韓日間の歴史問題に関してきちんと和解するには、日本を代表する首相や国王の真摯(しんし)な措置が必要だという次元でした話だった。誰が見ても、日本を代表する人の象徴的な謝罪『申し訳ない』の一言を言えばいいということだった。謝罪の主体をただすなら、現職首相である安倍首相が1位、その次の2位が国王になるだろう」と言った。
その上で、同国会議長は「ドイツは第二次世界大戦時の戦争犯罪について、今もユダヤ人墓地に献花するなど、謝罪を重ねることにより、欧州連合(EU)を率いる『リーディング・ステート』(先導国家先)になった。歴史の法廷において戦争や人倫に関する犯罪は時効がない。日本も真摯な謝罪を通じて和解を成し遂げなければ『リーディング・ステート』になれない」と語った。
同国会議長を強く批判している日本の河野太郎外相に対しては「父親とはまったく違う。理解しがたい。私も言いたいことはいろいろあるが、すべて言うことはできないではないか」と言った。河野外相の父親は従軍慰安婦強制動員問題を認めて謝罪した「河野談話」の河野洋平元官房長官だ。
ただし、同国会議長は「現在の国際情勢の大きな流れを見ると、このような議論を早く整理し、韓日関係を未来志向的に進めるべきだ。大韓民国の運命を左右することになる『米朝首脳会談』が十日後に迫っており、韓日が争い合うのは正しくない。朝中露がひとくくりなら、韓米日もひとくくり」と言った。
日本国内で、韓国人に対する就労ビザ制限などの報復措置が取りざたされていることについては、「小貪大失(小さなものを求めて大きなものを失うこと)であり、子どものいたずらのような話だ。日本でも意思があり、歴史をきちんと見ている人々はこのような状況に賛成しない。(ソウル市内の)西大門刑務所でひざまずいた鳩山(由紀夫)元首相のように、心からの省察が必要だという世論がかなり多いと思う」とも述べた。
一方、韓国政府は日本との確執が拡大しないよう、複数のチャンネルを通じて水面下の接触を進める方針であることが分かった。韓国外交部(省に相当)当局者は「日本がどのような主張をしても、事実関係を綿密に把握して確執を最小限にとどめることに注力する」と話している。
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☺☼(○´д`○)☼☺こんにちわぁ♪![]() 《応神の名はコンタか?ホンタか?》
加治木義博
大学院講義録09:16
話題を本題に戻そう。
こうして<讃と珍>の名がともにパーリ語で、
<兎のササ>と<天柱のツナ>であり、
それが沖縄方言化した
<チヌ>だったことがわかると、
次の倭王・済にとりかかる前に、
讃と珍の父・応神天皇の問題を
解決しておかねばならない。
なぜなら
戦後、唯物史観学者が
応神天皇とそれ以前を虚構だと
独断で義務教育から
抹殺してしまっているからである。
このことは本講では関連があるたび
繰り返し取り上げてきたが、
パーリ語との検証はまだだった。
それをここで最終的にお話しして、
応神天皇の実在を立証する
決定的な総括にしよう。
『日本書記』には天皇の身体に、
矢の容器の鞆=ホムタのようなコブがあるので、
<ホムタワケ>と呼ぶ解説があるし、
『古事記』は
<品陀天皇>と書いて<ホンダ天皇>と
読ませている。
だが
大阪府羽曳野(はびきの)市誉田(こんだ)の
天皇の陵は<誉田>と書いて<コンダ陵>
と読むし、
そこにあって天皇を祭る社の名も
<誉田八幡>と書いて<コンダハチマン>と
発音する。
どちらが正しいのだろうか?。
<コ>と<ホ>の関係は
<カ行>と<ハ行>の違いで、
<韓国>を<カン国>といい<ハン国>という
違いに等しいから、
<コンダ>は我が国型の発音で
<ホンダ>は朝鮮語型の発音である。
『記・紀』が
半島からの帰化人によって書かれたという説は、
この天皇名への当て字差をみれば
正しいようにみえる。
これを基準にする限りでは、
<品陀>と当て字した<太の安萬侶>は
半島出身だった可能性がある。
M.K記(責)
連絡先:090-2485-7908
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☺☼(○´д`○)☼☺こんにちわぁ♪![]() 《パーリ語だった誉田(コンタ)。八幡はパーリへの当て字から》
加治木義博
大学院講義録09:18
讃・珍と同じく、
これもまたパーリ語なのである。
Konta コンタとは旗や幡の類をいう。
八幡も8つの旗を意味するから、
まさしく<コンタ>を
漢字に意訳したものだったのである。
しかし
その八は何のためについているのだろう?。
すでに詳しくお話ししたように、
彼の都はいまの
隼人町(鹿児島県姶良町)にあった。
そこは卑弥呼時代の<巴利国>である。
この<巴利国>は
そのまま<ハリマ>と読めるから、
淡路と一緒に
兵庫県に移動したことが一と目でわかる。
<ハリマ>への当て字は<播磨>である。
<幡>も<播>も漢字音は<バン>だから
幡の代わりに播の字を使うと八播で、
これはパハリと読める。
日本語の古音は母音に<h音>を加える。
戦前までの振り仮名を見ると、
<悔いをクヒ>、
<箒をハフキ>、
<お前をオマヘ>と書いた。
これは
南九州語にいまも強く残っている発音で、
高千穂という地名も、
その南九州語では
武内宿祢を指す武内(タカチ)=タカチオーに
一致する。
これは他の記録にもよく合うので、
正解であり史実だとわかっている。
南九州では<パーリ>は<パハリ>なのである。
八幡とは、
この<パハリ>を<八播>と書いたものが
先に生まれたが、
後にそれと応神の名のコンタが複合して、
旗の意味の幡のほうが
専用されるようになっただけで、
もとは<八播>で、
その遺物が今の<播磨>なのである。
これで<応神>はなぜ<八幡>と呼ばれるのか?
という過去の大きな謎は完全に解け、
答えは完全に揃った。
M.K記(責)
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