過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

柳興洙(ユ・フンス)という元駐日大使
元駐日韓国大使・柳興洙(ユ・フンス)「日韓は互いにコンプレックスを抱いてる。韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」


【元駐日韓国大使】「日韓は互いにコンプレックスを抱いてる。韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」
【元駐日韓国大使】「日韓は互いにコンプレックスを抱いてる。韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」
http://news.livedoor.com/article/detail/15862089/
日韓はお互いにコンプレックスを抱いている 元駐日大使の発言に疑問
2019年1月12日 6時15分

・元駐日韓国大使によると、日韓は互いにコンプレックスを抱いているという
「日本に植民地にされた」韓国と、「古代は朝鮮の方が先進国だった」日本
・朝鮮の方が先進国だったわけがなく、暴論だと筆者は疑問を呈した



日本人と韓国人は“双子の兄弟”“互いに劣等感”?元駐日韓国大使の発言に異議あり
2019年1月12日 6時15分 デイリー新潮
文/屋山太郎(政治評論家)


安倍晋三首相と文在寅大統領【柳興洙(ユ・フンス)という元駐日大使】「日韓は互いにコンプレックスを抱いてる。韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」
安倍晋三首相と文在寅大統領

(かなり長文なので前略)

月刊『文藝春秋』の2019年1月号は柳興洙(ユ・フンス)という元駐日大使が「文在寅政治は我が韓国の『信用』を失った」と文政権への失望を語っている。インタビュアーは韓国取材の大ベテラン黒田勝弘・産経新聞ソウル支局長である。

文春の紹介によれば柳氏は韓国有数の“知日派政治家”で、韓国南東部で生まれたが2歳の時に家族と共に渡日し、小学校5年まで京都で過ごした。小5のときに帰国、1962年にソウル大を卒業後、内務省(現・行政安全部)に入り、治安本部長(警察庁長官)、忠清南道知事、全斗煥政権の政務首席秘書官等を歴任した。85年に国会議員に初当選、04年の政界引退まで国会議員を4期務め、日本語は完璧で、韓日議員連盟幹事長に就いた。京都大学への留学経験もある。朴槿恵政権下では、日本に豊富な人脈を持つ人物として駐日韓国大使に起用された。15年の「日韓慰安婦合意」に舞台裏でかかわった(念のために言っておくと、「不可逆的解決」を宣言した合意文書である)。

ここまで書くと、しかるべき人達が、しかるべき文書を作って、いざこざを終結させたのだな、と思う。ところが日韓基本条約も慰安婦合意も全部ひっくり返して、やり直しだと韓国は叫んでいるのである。私の持つ知識から判断すれば理解不能だが、その謎を解く2つの発言をしている。

■「謝れ」は筋違い

柳氏はアメリカの生物地理学者を尊敬していて、その人物が日韓について書いている次の一節にいたく感激しているのである。

「韓国人と日本人は成長期を共にすごした双子の兄弟も同然だ」

政治学者のサミュエル・P・ハンティントン氏は「世界の文明には7種ある」と主張していたが90年代に中華文明に加えられていた日本を切り離して、日本は中華文明とは全く違って一国一文明とすると、文明の定義を変えた。

柳氏の認識では韓国と日本は共に中華文明に属していると見えるのだろう。しかしハンティントン氏は勇断を持って日本を中華文明から離した。「文明の衝突」を見た時、これまでの違和感はさっと消えた。納得した。

柳氏はなお「双子の兄弟」と同然だと実感しているなら、どこが同然なのか、似ているのかを示してもらいたい。

(中略)

■まず自国を学んでもらいたい

柳氏によると「韓国と日本が分かり合えないのは、心の奥底で互いにコンプレックスを抱いているからだ」という。どういうコンプレックスかといえば、「韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」だという。そのコンプレックスのせいで正直に語り合えないとは暴論もいいところだ。

日本が朝鮮と併合したのは1910年だが、それに先立つ16年前、日清戦争が起こった。この戦争の原因は下関条約第一条に明記してあるように「朝鮮国の独立を確認する」ことだった。それまで朝鮮半島は500年ほど中国の属国であり、黙っていれば中国領になること必至とみて、日本が中国に朝鮮の独立を認めさせたのである。しかし朝鮮は中国、ロシアどちらに転ぶかわからない。そこで合併ということになったが、韓国人は植民地にされたと言うが、実態は全くの併合(アネクセイション)だった。台湾の併合も全く同じ方式だったが、あらゆるインフラを日本仕様で、財政も同じ比重で傾けるというものである。

朝鮮は500年ほど前にハングルを開発していたが、両班(貴族)が平民に文字はいらないとお蔵入りしていた。日本が持ち出して国民皆ハングル運動を起こした。教材、教科書も大量作成し、小学校が5200校、師範学校や高等学校が合せて1000校以上開校した。イギリスはインドを200年にわたって植民地化したが、小学校1つ作らなかった。植民地化と併合にはこれほどの差があるのだ。たった36年間の治世によって朝鮮半島の人口は2倍に増えて、24歳だった平均寿命は30年以上伸びた。

柳氏が言うように「古代に朝鮮の方が先進国だった」わけがない。1000年昔の平安時代に紫式部の「源氏物語」、清少納言の「枕草子」が書かれた。世にはやったということは読書をする人が多かったことを物語る。

日本が朝鮮を併合した時、奴隷が30%いた。幼児売春や幼児買売も禁止された。100キロだった鉄道が6000キロにもなった。日本の中世は恐らく欧州先進国並みだったろう。近代になってフランス画世界に浮世絵の手法が流れ込んだのも、芸術のレベルが同じようだったからだ。

柳氏の自国に関する認識の無さに驚くが、まず自国を学んで貰いたい。返した借金を「まだ返せ」「また返せ」では世界に通用しないことをまず学んで貰いたい。

日本もヨーロッパ諸国も封建時代、戦国時代が存在した。日本は100年間の戦国時代を経て250年間の江戸時代に入る。100年で武家の序列が決まったのち、参勤交代によって文化的統一をもたらした。韓国と中国に、国家の心棒がないのは封建時代が存在しなかったからだろう。


週刊新潮WEB取材班


>政治学者のサミュエル・P・ハンティントン氏は「世界の文明には7種ある」と主張していたが90年代に中華文明に加えられていた日本を切り離して、日本は中華文明とは全く違って一国一文明とすると、文明の定義を変えた。


ハンチントンは、上記7つの文明に更にアフリカ文明を加えて8つの文明が存在するとしている。
【ハンティントンの文明衝突論】

サミュエル・ハンティントンによる各文明の分布(緑色の部分が日本文明圏)
サミュエル・ハンティントンによる各文明の分布(緑色の部分が日本文明圏)

サミュエル・P・ハンティントンは1998年に文明同士の衝突を考察した『文明の衝突』を著し、その中で世界を8つの文明に分け、日本を単一の文明圏とみなした。
ハンティントンは日本文明が100年から400年にかけて中華文明から独立して成立した独自の文明であるとしている。

<br />

サミュエル・P・ハンティントン 画像

ハンチントンは、現在世界に
01.中華文明
02.日本文明
03.ヒンドゥー文明
04.イスラム文明
05.西欧文明
06.ロシア正教会文明
07.ラテンアメリカ文明
08.アフリカ文明


の8つの文明が存在するとしている

サミュエル・P・ハンティントン 8つの文明が存在するとしています





>柳氏によると「韓国と日本が分かり合えないのは、心の奥底で互いにコンプレックスを抱いているからだ」という。どういうコンプレックスかといえば、「韓国は『現代に日本に植民地にされた』こと。日本は『古代に朝鮮の方が先進国だった』こと」だという。
>・・・
>柳氏が言うように「古代に朝鮮の方が先進国だった」わけがない。1000年昔の平安時代に紫式部の「源氏物語」、清少納言の「枕草子」が書かれた。世にはやったということは読書をする人が多かったことを物語る。



『古代に朝鮮の方が先進国だった』というのは、事実無根の真っ赤な嘘だ!

古代においても日本列島の方が朝鮮半島よりも遥かに先進地域だった!

そして、3世紀から7世紀までは日本が朝鮮半島を支配していた!





人気ブログランキング

http://blogranking.fc2.com/ranking_banner/d_02.gif
FC2 ブログランキング



以下、おさらい。

人類が現れて以来、朝鮮半島が日本列島よりも先進地域だったことは一度たりともない。

古来より先進的な文化や技術は、日本から朝鮮半島に伝わった。

――――――――――
▼日本の古代文明▼
(紀元前の主なものだけ)
土器(煮炊きなどの料理に使用)
1万4千年前【世界最古】

勾玉
6000年前【世界最古】

水田稲作
日本で3200年前→その1700年後(1500年前)に日本から朝鮮半島に伝わる

弦楽器
3000年前【世界最古】

鉄器
日本で2400年前→その後に朝鮮半島に伝わる
――――――――――



●土器

平成25年(2013年)4月、料理(煮炊き)に使用された土器としては、世界最古となる土器が北海道で発見された!
大正3遺跡から出土した土器片の復元土器=帯広百年記念館提供
帯広百年記念館に展示されている「大正3遺跡」から出土した土器片の復元土器=帯広市
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/topic/456796.html
土器で煮炊き、世界最古 帯広・大正3遺跡出土 日英チーム発表
2013/04/11、毎日新聞

 帯広市の大正遺跡群「大正3」遺跡で発掘された約1万4千年前の縄文式土器片の焦げ跡に、サケなどの魚を煮炊きしたとみられる脂質が含まれていることを日英などの研究チームが見つけ、11日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。チームは、料理に使われた世界最古の土器としている。

 農耕が始まる前に発明された土器は、氷河期を乗り越えるため食料の貯蔵などに使っていたとみられていたが、栄養価の高い魚類を料理していたことも示すという。縄文人の暮らしぶりの一端を明らかにする成果。

 チームは大正3遺跡のほか、新潟、福井、長野、鹿児島の13遺跡から縄文式土器片計101個を集め、焦げ跡を分析した。




●勾玉

勾玉とは縄文時代極初期より伝わる日本固有の装身具で、朝鮮半島へも伝播した。

韓国で多量の縄文系遺物が出土する「東三洞貝塚」からは縄文前期のものと同様のケツ状耳飾が出土している。

現在朝鮮半島で見つかっている勾玉の大部分が日本からの交易品であり、新羅の王冠にも勾玉が使用されているのも注目したい。

勾玉の材料となる翡翠自体東アジアでは日本の糸魚川でしか産出されず、その美しい翡翠で作った勾玉は支那や朝鮮半島の権力者達を魅了してきた。

縄文時代中期の長者ヶ原遺跡からは、ヒスイの大珠や勾玉、加工道具、工房跡などが続々と出土され、6000年前の世界最古の勾玉文化が実証された。

縄文時代中期の長者ヶ原遺跡からは、ヒスイの大珠や勾玉、加工道具、工房跡などが続々と出土され、6000年前の世界最古の勾玉文化が実証された。
勾玉




●水田稲作技術

水田稲作技術は、朝鮮半島から日本列島に伝播したのではなく、日本列島から朝鮮半島に伝播したことが確定している。

水田稲作技術が日本から朝鮮半島に伝播したとする理由は主に2つ。1つは遺伝子工学の研究の成果で、もう1つは支那政府機関が20年以上かけて行った品種の調査だ。この2つが決定打になり朝鮮半島経由で日本に米が伝来した可能性がなくなった。

まず、近年、炭素14年代測定法によって、日本の稲作の方が朝鮮半島よりかなり古いことが判った。日本の稲作開始は陸稲栽培で6700年程度前まで、水稲栽培で3200年程度前まで遡ることが判明した。
これに対し朝鮮半島では水稲栽培は1500年程度前までしか遡れない。

次に、米には品種特性を決定づける遺伝子が7種類ある。

稲作の発祥地とされる支那では、NO.1からNO.7まですべて揃っている。

日本の場合、古代から現代に至るまで日本で発見された遺伝子は温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカの特有遺伝子2種類しかなく、それぞれNO.1とNO.2としよう。

朝鮮半島の米はNO.2からNO.7までの6種類が揃っているが、NO.1だけは存在しない。これは気温が低いと存在できない遺伝子のため支那北部より北では存在できないためだ。
この辺の事情は「栽培稲に関する種生態学的研究」(松尾孝嶺著)に詳述されている。

往来が盛んになればなるほど、多くの種類の遺伝子の米が入る確率が高まるが、日本には2種類しかなく、これが稲作開始の初期から広く分布したため、米の伝来はごく限られた地域から限られた回数しか伝来していないと考えられる。

日本の米の起源と推定される支那南部の地域は熱帯ジャポニカも温帯ジャポニカも同時に存在しているので、両者を1品種ずつ持ってきたと考えられる。

往来回数が多くなると別遺伝子品種が紛れ込む可能性が高くなるので、古代人が遺伝子選別技術を持っていない限りはこの地域だけから流入したと考えるしかない。

一方、朝鮮半島の米はNO.2からNO.7までの6種類が揃っているが、NO.2の遺伝子が70%を占めるので、米が朝鮮半島に導入された初期段階でNO.2の遺伝子が多く伝わっていなければならない。
日本から2種類の米が朝鮮半島に伝播したものの、NO.1の温帯ジャポニカ種は朝鮮半島に根付かずNO.2の遺伝子のみが広まり、そこに支那大陸から米が入ってきて、NO.2の遺伝子を持つ米と交雑したと考えると朝鮮半島の米の遺伝子の説明が付く。

支那大陸にはすべての遺伝子が満遍なくあるので、特定の種類の遺伝子だけを多く朝鮮半島に伝えるのは無理だ。

また、朝鮮半島の水稲栽培は、九州北部と栽培法が酷似していることや、遺伝子学的に日本の古代米に支那大陸から入った米が交雑した米が多いことなどから、水稲は日本から朝鮮半島へ、陸稲は満州経由で朝鮮半島へ伝わったことが判明した。支那政府の研究機関でも調査が進み間違いないという結論だ。

那大陸から日本へ稲作が直接伝来した裏付けとなる「RM1-b 遺伝子の分布と伝播」。日本の各所に点在するRM1-b遺伝子。 支那大陸では多くの品種に、RM1-b遺伝子を持つ稲が見付かったが、朝鮮半島ではRM1-b遺伝子を持
支那大陸から日本へ稲作が直接伝来した裏付けとなる「RM1-b 遺伝子の分布と伝播」。日本の各所に点在するRM1-b遺伝子。
支那大陸では多くの品種に、RM1-b遺伝子を持つ稲が見付かったが、朝鮮半島ではRM1-b遺伝子を持つ稲は見付からなかった。

●詳細な関連記事
日本から朝鮮半島への米の伝播について
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12585608.html





●弦楽器

青森で出土、世界最古の弦楽器か 3千年前、縄文の木製品
2012/04/28 05:24 【共同通信】

森県八戸市の是川中居遺跡で出土した紀元前1000年ごろ(縄文時代晩期)の木製品(是川縄文館提供)
青森県八戸市の是川中居遺跡で出土した紀元前1000年ごろ(縄文時代晩期)の木製品(是川縄文館提供)

 青森県八戸市にある紀元前1000年ごろ(縄文時代晩期)の是川中居遺跡から出土した木製品が、現存する世界最古の弦楽器の可能性があることが、弘前学院大(青森県弘前市)の鈴木克彦講師(考古学)らの研究で28日までに分かった。
 鈴木講師は、弥生時代の登呂遺跡(静岡市)などから出土した原始的な琴と似ていることから「縄文琴」と命名し「日本の琴の原型ではないか」と話している。
 木製品は長さ約55センチ、幅約5センチ、厚さ約1センチの細長いへら型。上部に四角い突起、下部に直径約1ミリの穴や刻みがあるのが特徴。杉かヒバのような材質でできている。




●鉄器

鉄器も、日本から朝鮮半島に伝わった。

日本最古の鉄器は、福岡県糸島郡二丈町の石崎・曲り田遺跡の住居跡から出土した紀元前3〜4世紀の板状鉄斧(鍛造品)の頭部とされている。

後漢書・東夷伝によると、辰韓について『倭、馬韓並從市之。凡諸貿易、皆以鐵爲貨』という記述が見られる。

倭人は、朝鮮半島南部が三韓に分立していた時代から、朝鮮半島に行っており、鉄を貨幣のように用いて交易していた。

韓国で2世紀頃の製鉄遺跡が発見されたが、この地域の墓からは弥生時代の倭国製の土器のみが発掘された。


石崎曲り田遺跡から出土した日本最古の板状鉄斧
福岡県糸島郡二丈町の石崎曲り田遺跡から出土した板状鉄斧



以上が紀元前から日本列島にあった文物や技術などが、その後朝鮮半島へ伝播した主な事例だ。




以下、紀元後になっても、先進的な文化や文物は、常に日本列島から朝鮮半島へと伝播した。

というか、古代においては7世紀まで、朝鮮半島は日本の支配地だったのだから当然だ。



古くから朝鮮半島南部には倭人が移り住んでいたが、3世紀から日本が朝鮮半島を支配するようになった。

3世紀、神功皇后(仲哀天皇の后で応神天皇の母)は、【三韓征伐】で新羅に出兵し、百済と高句麗をも含む朝鮮半島の広域を服属下に置いた。(詳細記事

新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、その後に高句麗と百済も朝貢を約束した。(『古事記』、『日本書紀』

『百済記』にも、次の記述がある。

神功51年(西暦251年)3月、百済は久氐を派遣し、日本に朝貢した。
神功52年(西暦252年)9月10日、百済王は、百済と倭国の同盟(済倭同盟)を記念して神功皇后へ七子鏡と七枝刀を献上した。
『百済記』

4世紀になると、更に日本が朝鮮半島に進出し、朝鮮の支配を強めた。

4世紀の日本(倭国)の朝鮮半島進出は、広開土王碑や七支刀などの考古物や支那及び朝鮮の文献など、別の史料によっても実証されている。


高句麗の「広開土王碑」には、「391年、日本が海を越えて、百済や新羅を破って服属させてしまった」と記されている。
http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/403px-Gwanggaeto_Stele.jpg

http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/20120415143645617.jpg


百殘新羅舊是屬民由來朝貢而倭以辛卯年來渡海破百殘加羅新羅以為臣民。


そもそも新羅・百残(百済)は(高句麗の)属民であり、朝貢していた。しかし、倭が辛卯年(391年)に海を渡り百残・加羅・新羅を破り、臣民となしてしまった。
広開土王碑

日本(倭国)が任那(伽耶)や百済や新羅などを属国にして支配していたことは、この高句麗の『広開土王碑文』の他、日本の『日本書紀』や、支那正史の『宋書』や朝鮮の史料である『三国史記』でも述べられているので100%確実だ。
『三国史記』(百済本紀)
397 倭国と国交を結び王子の腆支を人質とする
399 高句麗攻撃のための徴発により人々が新羅に逃げる
402 倭国に使者を送り大珠を求む(大珠の意不明)
403 倭国の使者を特に手厚くねぎらう
405 腆支王即位テンシ(直支、映、枕流王の子)人質となっていたとき枕流王が死去、弟を殺した末弟が王となったために乞うて倭国の護衛により海中の島にて待機してのち王となる
406 晋に朝貢
409 倭国の使者が夜明珠を送る 厚く礼遇する(夜明珠の意不明)


そして、5世紀、百済の「武寧王」も、その父の「東城王」も、朝鮮半島で生まれたのではなく、日本(九州)で生まれて日本から朝鮮半島に渡って行った人物だ。

なお、日本から朝鮮半島に渡って行った「武寧王」の子「純陀太子」は、日本に人質として来て、その子孫はそのまま日本に住み着いた。


百済の文斤王がなくなり、天皇は昆支王の五人の子の中で、二番目の末多王が、幼くとも聡明なので、内裏へ呼んだ。親しく頭を撫でねんごろに戒めて、その国の王とし、武器を与え、筑紫国の兵五百人を遣わして国に送り届けた。これが東城王である。…
『日本書紀』雄略紀


(廿三年夏四月、百済文斤王薨。天王、以昆支王五子中、第二末多王、幼年聡明、勅喚内裏。親撫頭面、誡勅慇懃、使王其国。仍賜兵器、并遣筑紫国軍士五百人、衛送於国。是為東城王。…)

こうして479年、東城王(末多王)が百済王に即位したが、この即位も日本(天皇)によって決められたことが判る。

『日本書紀』武烈四年条(502年)には、この東城王(末多王)の暴虐が記され、武寧王即位が記されている。


「是歳、百済の末多王、無道して、百姓に暴虐す。国人、遂に除てて、嶋王を立つ。是を武寧王とす。」

こうして、百済王に「武寧王」が即位したのだが、「武寧王」も九州(佐賀県)生れの日本人(倭人)だった。

つまり、百済王は、天皇によって決められ、日本(九州など)生れの「東城王(末多王)」や「武寧王」などが日本(九州など)から朝鮮半島に渡って行って即位していたように、百済というのは昔から日本(倭国)の一地方だった。



以上のとおり、3世紀ころから7世紀まで、朝鮮半島は日本の勢力圏に置かれていた。

政治的に大和朝廷(倭国)の勢力圏におかれていた朝鮮半島は、文化的にも日本の強い影響を受けた。

このことは、支那の文献にも明記されていた。

列傳第四十六 隋書 巻八十一 東夷伝 倭国
新羅・百済はみな倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びに之を敬仰し、恒に使ひを通はして往来せしむ。

(新羅、百濟、皆以倭爲大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。)

『隋書 列傳第四十六 東夷 倭國』




●前方後円墳

日本の前方後円墳が3〜5世紀に作られたのに対し韓国の前方後円墳は5〜6世紀に作られた。

さらに韓国の前方後円墳の出土物に日本の埴輪に酷似した土器類が発見された。


画像は「仁徳天皇陵」(全長486m)
画像は「仁徳天皇陵」(全長486m)
5世紀


仁徳天皇陵は、三段で構成された墳丘と三重の濠が巡らされている日本最大の前方後円墳で、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並び、世界三大古墳の一つといわれている。

その遺物は長持形石棺から、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿、葺石や埴輪などがあり、埴輪には人物(女子頭部)や水鳥、馬形、家形などが出土している。東側の造出しから須恵器の甕が出土した。

ボストン美術館には本古墳出土と伝えられる細線式獣帯鏡や単鳳環頭太刀などが所蔵されている。


全長約486m、後円部径約249m、高さ約35m、前方部幅約305m、高さ約33m 

Spec Sheet  全長(Length) 全幅(Width) 全高(Height)
仁徳天皇陵    486m   300m   35m
ギザのピラミッド  229m   229m   147m
秦の始皇帝陵   245m   340m   53m



韓国の月桂洞1号墳 全長46.5mの前方後円墳
画像は「月桂洞古墳」(全長46.5m)
5世紀後半から6世紀中葉に作られた韓国の代表的な前方後円墳





3〜5世紀ごろの日本の前方後円墳には、金銅製冠帽、金銅製の馬具、金属製の武器、銅鏡、石製やガラス製装飾品、玉、土器など、当時の朝鮮半島などには全く存在しなかった非常に優れた副葬品があった。
笹塚古墳(栃木県)で見つかった金銅製の亀形飾金具
笹塚古墳(栃木県)で見つかった金銅製の亀形飾金具

金銅製冠帽(熊本県・江田船山古墳出土)
金銅製冠帽(熊本県・江田船山古墳出土)




朝鮮人や一部の日本人は、よく「百済時代に仏教を日本に伝えた」と主張することがある。

しかし、仏教は百済の文化でも朝鮮の文化でもなく、インドで生まれた文化であり、百済には支那(東晋)経由で伝わっていたに過ぎない。

仏教の伝来

日本へは6世紀に、百済の聖明王から欽明天皇に仏教が伝来したとされている。

しかし、6世紀の百済は日本(倭国)の勢力圏(属領)だったので、百済王は天皇の手下に過ぎなかったのだから、「百済時代は朝鮮が日本に文化を教えた」という言い方も正しくない。

実態を正確に表現すれば、「日本の支配下にあった百済の聖明王は、インド発祥で支那(東晋)経由で百済にも伝わっていた仏教について、欽明天皇にお伝え申し上げた(報告した)。」ということになる

しかも、その後朝鮮半島では、新羅が支那(唐)に百済を滅ぼしてもらい、李氏朝鮮時代になると、仏教も滅ぼそうとして弾圧しまくった。


仏教弾圧によって打ち首になった仏像と打ち首になった仏像
李氏朝鮮時代の仏教弾圧
1番目と2番目の写真は仏教弾圧によって荒れ果てた仏国寺と石窟庵
3番目と4番目の写真は仏教弾圧によって打ち首になった仏像


「百済時代は朝鮮が日本に仏教を伝えた」という主張は、史実(実態)から余りにもかけ離れている上に、今の韓国人が誇りとする李氏朝鮮の悪行を無視した恥知らずな表現だ。




663年、日本(倭国)は、「白村江の戦い」で、唐・新羅の連合軍に敗れ、朝鮮半島に有していた勢力圏を失った。

百済王族は日本列島に亡命し、それ以降は大和朝廷の単純な手下となった。

桓武天皇の在位期間(781〜806年)、桓武天皇の命令を受けた百済王の子孫たちは、東北地方(陸奥)の征服を何度も試みたが、大惨敗を繰り返した。

その後、平安時代も、鎌倉時代も、室町時代も、江戸時代も、朝鮮の技術水準や文化水準が日本より高かったことは一度たりともない。

水車については、朝鮮人が1429年に日本に来た時から約500年かけても実用化できなかった。

日本の技術を学んで帰った通信使

では、日本を訪れた通信使たちは、日本でなにを見、いかに感じて帰国していたのであろうか。室町時代前期の1429年、日本にきた朴端生は、次のように復命していた。それによると「日本の農人水車の設けあり」として、学生の金慎に「造車の法」を精査させて模型を作り、鍍銀(銀めっき)、造紙(紙漉)、朱紅、軽粉等の製造法を報告している。この時の復命では、日本の貨幣経済の実態や店舗商業の発展等にも及んだが、その中で技術に言及していたのは、渡航前に世宗から「倭紙堅靱、造作の法また宜しく伝習すべし」と、日本の技術を導入するよう命じられていたからである。
(略)
これに対して日本では、朴端生が日本を訪れる百年以上も前に、水車を利用して離宮に川の水を汲み上げた話が『徒然草』(第五十一段)に記されている。その水車が農民たちの手で取り付けられていたことを考えると、当時、日本と朝鮮の間には相当の技術格差があったことがわかる。したがって、韓国の歴史教科書にあるように「技術を学ぶのに苦労していた」のは、日本側ではなくむしろ朝鮮の方であったのである。そして、この現実は後世、実学者と呼ばれた人々が日本や清との技術的格差を深刻に捉え、その導入方法に苦慮していたことでも明らかなように、近世に入っても変わりがなかったのである

『日韓・歴史克服への道』下條正男著

<br />

朝鮮人が水車の技術を導入しようと苦慮していたことに関しては、1880年代になっても金弘集が「朝鮮には灌漑設備がない。水車もない」と未開性を嘆いていた。
朝鮮人が水車の技術を導入しようと苦慮していたことに関しては、1880年代になっても金弘集が「朝鮮には灌漑設備がない。水車もない」と未開性を嘆いていた。
金弘集

つまり、朝鮮人は、朴端生が1429年に日本に来た後、500年近くかけても水車を実用化できなかったということだ。



ある朝鮮通信使の記録

第11次朝鮮通信使節(1763〜1764)の一員だった金仁謙の日本紀行文「日東壮遊歌」(東洋文庫)より抜粋

1.大阪を見ての驚き
「三神山の金闕銀台とは まことこの地のことであろう。人家が塀や軒をつらね、その賑わいの程は我が国の錘絽(ソウルの繁華街)の万倍も上である。北京を見たという訳官が一行に加わっているが、かの中原(中国の中心部)の壮麗さもこの地には及ばない。」

2.名古屋を見ての驚き
「山川広闊にして、人口の多さ、田地の肥沃、家々の贅沢なつくり、遠路随一といえる。中原にも見あたらないであろう。朝鮮の三京も大層立派であるが、この地に比べれば寂しい限りである。」

3.江戸を見ての驚き
「楼閣屋敷の贅沢な造り、人々の賑わい、男女の華やかさ、城郭の整然たる様子、橋や船にいたるまで大阪、西京(京都)より三倍は勝って見える。」

4.京都を見ての妄想
「惜しんで余りあることは、この豊かな金城湯池が倭人の所有するところとなり、帝だ皇だと称し、子々孫々に伝えられていることである。」


それだけではない。

朝鮮には、20世紀の日韓併合まで、【針】も、【樽】も、【車】も、【色の付いた衣服】も、なかった!

朝鮮で【針】、【樽】、【車】及び【色の付いた衣服】ができるようになったのは、全て日本のお陰だった!(詳細記事


我が五千年の歴史はひと言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。
いつの時代に辺境を超え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢でもって民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揮したことがあっただろうか。
いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかった。
「われわれのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。
我々はただ座してわらを編んでいただけではなかったか。
自らを弱者とみなし、他を強大国視する卑怯で事大的な思想、この宿弊、この悪い遺産を拒否し抜本せずには自主や発展は期待することは出来ないであろう。
以上のように我が民族史を考察してみると情けないというほかない。全体的に顧みるとただ唖然とするだけで真っ暗になるばかりである。
このあらゆる悪の倉庫のような我が歴史はむしろ燃やして然るべきである。

「朴正熙選集」−我々は今何をいかになすべきか−  
朴正熙 韓国大統領

朴正熙 韓国大統領
朴正熙

●関連記事
君(きみ)の起源は金(キム)、僕(ぼく)の起源は朴(パク)!日本学のイナムギョ(李南教)総長
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6571.html
「韓国は中国の一部だった」?習近平の「講義」をトランプ大統領が暴露・韓国「一考の価値もない」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6640.html
韓国人の特異性!開会式の人面鳥「怖い」!メインプレスセンター前に性器オブジェ「モルゲッソヨ」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6976.html












★登録URL変更のお願い★

平成29年12月5日の夜から弊ブログのURL(アドレス)を以下のとおり変更しました。

旧アドレス
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/

新アドレス
http://deliciousicecoffee.jp/


お手数ですが、読者の皆様にはURL(アドレス)の登録の変更をお願いいたします。









この記事は、FC2ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」の約1日遅れのコピーです。

ランキングのクリックや、コメント、トラックバックなどは、FC2ブログ「
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」にお願い致します。

FC2ブログへのコメントの際には、コメント欄の「名前」にはお名前を、「URL」部分にご自身のブログのURLアドレスを入力するようお願い申し上げます。

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

WIRED.jp  2019.03.16 
「脳の老廃物」を除去するには、
深い睡眠が必須だった:研究結果
TEXT BY SANAE AKIYAMA

の活動と睡眠の関係性を示す新たな研究結果が明らかになった。
このほど科学学術誌で発表された「睡眠と脳の清掃機能」の最新研究が
示しているのは、睡眠不足とアルツハイマー病の関連性や、
ある種の麻酔が高齢者の認知障害につながる理由などだ。

あなたの家族や友人のなかに、全身麻酔下の手術の末に
突然の「認知障害」を経験した高齢者がいるかもしれない。
科学学術誌『Science Advances』で20192月下旬に発表された
麻酔による睡眠の最新研究によると、こうした一時的な認知障害は、
の清掃機能が原因のひとつである可能性を教えてくれる。

論文は「睡眠と脳の清掃機能」の関連性について詳しく追究したもので、
深い、ノンレム睡眠時にあらわれる、ゆっくりと一定した脳活動
(デルタ波)と心肺活動が、脳の老廃物排出プロセスに
最も効率がよいことが実験により明らかにされている。

この知見により、睡眠不足とアルツハイマー病の関連性や、
なぜある種の麻酔が高齢者の認知障害につながるのか説明できるという。

睡眠中に脳の清掃をするシステム
「睡眠は脳の老廃物排出システムにおいて非常に重要です。
この研究では、深い睡眠であればあるほど効率的であることがわかりました」と説明するのは、この論文の筆頭著者であるロチェスター大学メディカルセンターのマイケン・ネダーガーである。

「これらの知見はまた、睡眠の質や睡眠不足が、
アルツハイマー病や認知症の発症を予測できるという根拠を、
ますます強固なものにすることでしょう」
われわれの体内には、細胞に栄養を運んだり、
細胞から排出された老廃物を運び出して処理するリンパ系がある。
脳内にもこれによく似たグリンパティック・システムと呼ばれる働きがある。

脳と脊髄には無色透明の脳脊髄液とよばれる液体が循環しており、
それは脳と脊髄の血管周囲に沿って移動しながら栄養分を分配し、
老廃物を取り除く。われわれの睡眠中には、
脳内のグリア細胞の一種であるアストロサイトが縮んで隙間をつくり、
その隙間が脳脊髄液の排水溝のような役割を果たすという。

これがリンパ系のように脳内老廃物を効率よく運び出すことから、
グリア細胞とリンパ系をかけ合わせ、「グリンパティック・システム」
と呼ばれるようになった。

かねて睡眠不足だったり睡眠の質が低かったりする人ほど、
アルツハイマー病の原因のひとつといわれるアミロイドβ濃度が高いという
報告があり、睡眠と老廃物除去の関連性が疑われてきた。
では、このグリンパティック・システムの清掃効率は、
睡眠の質により変化するのだろうか?

麻酔による実験から見えたこと
研究者らはマウスを使い、グリンパティック・システムによる清掃機能と
睡眠の質の関連性を調べるために、6つの異なる麻酔方法で実験を進めた。
そのうえで、マウスが麻酔下にある間、脳の電気活動、心臓血管活動、
そして脳脊髄液の流れを追跡した。

「ゆったりとした深い睡眠中の神経活動と同期する脳波──
特に脳の前から後ろへと動く発火パターンは、
わたしたちの知る脳脊髄液の流れと一致するものです」と、
共同著者のローレン・ハブリッツ博士は説明する。

「(睡眠中の)ニューロン発火に関与する化学物質、すなわちイオンは、
浸透プロセスにおいて脳組織から体液を引っ張る助けをするようです」

彼らの実験では、深い睡眠状態に特有の、
ゆっくりした一定間隔の脳波と心拍数を最もよく反映していたのが、
6つの麻酔方法のうち薬物ケタミンとキシラジンを組み合わせたものだった。

そしてこの深い睡眠状態において、老廃物排出を促す
グリンパティック・システムが最も効率的に働くことが明らかになった。
また実験では、心拍数が低くなるにつれて、
清掃効果のある脳脊髄液の流れが大きくなることも確認されている。

術後の認知障害を避けられる可能性
われわれが年齢を重ねるにつれ、深いノンレム睡眠を達成するのが
困難になることが知られていることから、
この研究結果は、加齢・睡眠の質・アルツハイマー病の強い関連性に、
臨床的な一石を投じることになるだろう。
朗報は、睡眠の質を改善させることで、グリンパティック・システムによる
清掃機能を向上させられるかもしれないということだ。

「麻酔と手術後の認知障害は大きな問題です」と、共著者である
デンマーク・コペンハーゲン大学のトーマス・リリウス博士は語る。
「手術を受けた高齢患者のかなりの割合が術後せん妄を経験しているか、
退院時に認知障害を発症または悪化させたりするのです」

実験で使用された麻酔薬のいくつかは、実際に臨床的に使用されるものに
類似することから、手術後にしばしばみられる認知障害を
避けられるかもしれない麻酔薬の種類が示唆されている。
今回の研究からは、全身麻酔による認知障害の副作用を
軽減させられる技術の開発が期待されるという。

転載元転載元: Dr ミカのメモ帳: 脳・栄養・心 (発達障害・特別支援教育)


まったく、どっちがテロリストだか。
新疆と独裁国が読んでいる地域はかって東トルキスタンだった。
国を生命を財産を文化を歴史も宗教も奪っていった本家テロリスト。

新疆で「テロリスト」1.3万人逮捕 中国政府、批判に反論
【AFP=時事】中国政府は18日、新疆ウイグル自治区での取り締まりに対する批判に反論し、2014年以降に同自治区で計1万3000人近くの「テロリスト」を逮捕したと主張した。
 人権団体によると、新疆ウイグル自治区ではウイグル人などのイスラム教徒を中心とした少数派民族約100万人が収容施設に入れられており、中国政府は同自治区での政策をめぐり国際的な非難を浴びている。
 中国の内閣に相当する国務院は、こうした非難に反論する白書を発表し、「テロリズムや過激主義を支援するいかなる行動に対しても、法律にのっとり厳しく取り締まる」と説明。新疆は昔から中国領土であるものの、「テロリストと過激派の勢力」が同地域の歴史を「歪曲」することで分離独立運動を扇動していると主張した。
 また、「新疆は2014年以降、1588の暴力テロリスト集団を破壊し、テロリスト1万2995人を逮捕、爆発装置2025個を押収、4858の違法な宗教活動で3万645人を処罰し、違法宗教資料34万5229点を押収した」と記し、「新疆でのテロ対策と脱過激化闘争は、常に法の支配の下に行われてきた」と主張した。 【翻訳編集】AFPBB News
https://bit.ly/smartnews-app


転載元転載元: おやぢのGadget Diary!

『電脳工廠・兵器(武器,弾薬)庫』( アメーバブログ)より転載させて頂きました。

 
(以下、転載記事  ↓のタイトルをクリックして元記事に行けます)

陸自九州補給処 奄美と宮古へ新駐屯地に物資輸送

 
NEW2019-03-20 00:50:59
テーマ:
朝雲(古)新聞
トップニュース

陸自九州補給処 奄美と宮古へ新駐屯地に物資輸送

2019年3月19日更新
 
 民間運送業者が運び込んだ奄美大島、宮古島向けの物資をフォークリフトで運搬、格納する九州処の隊員たち(1月31日、目達原駐屯地で)
鎮西演習踏まえ創意工夫 1300品目、コンテナ150本補給
 【九州処=目達原】陸自九州補給処は1月中旬から3月上旬にかけて、今年3月に鹿児島県の奄美大島と沖縄県の宮古島に新編される部隊に向けた約1300品目、コンテナ約150本分の補給を行った。
 処長の吉野俊二将補以下、隊員約250人は全国各地から目達原駐屯地に集まった新駐屯地・分屯地向けの物資の仕分けとコンテナ積み込み作業を行った。
 一度に扱うコンテナ150本という膨大な補給物資はこれまで九州処が経験した最大物量の5倍。部隊としても前例がなかったため、補給部を中心に受け入れ部隊と補給品の選定や優先順位について調整を行ったほか、・・・
 
 
 
 防衛関連ニュース

陸自42即応機動連隊 改編後初の転地訓練
(2019年1月31日~2月18日)

2019年3月19日更新
 
 沖縄に向かうチャーター船「はくおう」に自走で乗船する42即機連の96式装輪装甲車(1月31日、大分港で)

 
 雨の中、15飛行隊のCH47輸送ヘリ(後方)への車両搭載卸下訓練を行う42即機連の隊員たち(2月5日、那覇駐屯地で)
「はくおう」で沖縄へ CH47搭載卸下訓練
 【42即機連=北熊本】42即応機動連隊は1月31日から2月18日まで、昨年3月の改編後初となる沖縄地区への転地訓練を実施した。
 連隊長の小見明之1佐を訓練指揮官に約300人が参加。大分港から・・・
 
 
 
 防衛関連ニュース

国際平和協力活動セミナー
国教隊で官・民・学が能力構築支援など議論
(2019年1月16日、17日)

2019年3月19日更新
 
 国教隊の国際平和協力活動セミナーで「能力構築支援」などをテーマに議論する官民学の参加者(1月16日、陸自駒門駐屯地で)
 【国教隊=駒門】陸自国際活動教育隊は1月16、17の両日、駒門駐屯地で「国際平和協力活動セミナー(IPCAS)」を開催した。
 IPCASは海外での国際平和協力活動など、民軍の連携に関する隊員の識能の向上と関係機関との相互理解の促進を目的に平成20年から毎年開催され、今年で11回目。
 今年度は、メンター(指導者)として長谷川祐弘元東ティモール国連事務総長特別代表、防研の吉崎知典特別研究官らを招へい。内閣府PKO事務局、国際協力機構(JICA)、非政府組織(NGO)、大学、シンクタンクなど・・・
 
 
 
 防衛関連ニュース

空自飛点隊の緒方曹長が飛行1万時間
C1、YS11、U125に搭乗
(2019年2月20日)

2019年3月19日更新
 
 飛行1万時間を達成し、飛点隊の隊員たちとともに記念撮影に納まる緒方曹長(最前列中央)。後方はYS11FC飛行点検機=2月20日、空自入間基地で
機上整備員として安全管理
 空自飛行点検隊(入間)の機上整備員、緒方秀通曹長(51)は2月20日、1万飛行時間を達成した。
 緒方曹長は昭和62年4月に入隊し、2輸空(入間)、3輸空(美保)などで勤務してきた。平成7年3月に機上整備員資格を取得、C1輸送機などに搭乗し同整備員として任務にまい進してきた。
 1万時間の中で最も印象に残ったフライトは3輸空のC1で向かった島根県隠岐の島への災害派遣だった。冬季で吹雪が舞う中、切迫流産の危険性がある妊婦を島外の病院まで搬送する任務で、・・・
 
 
 
 防衛関連ニュース

陸自33普連 平成に感謝 580人で人文字

2019年3月19日更新
 
 【久居】陸自33普連はこのほど、新元号の制定が近づく中、平成の元号に感謝の意を込めて「アリガトウ 平成」の人文字をつくった=写真
 人文字づくりは訓練始めの最後に駐屯地グラウンドで行った。能勢龍一郎連隊長以下約580人が参加。連隊長と各幕僚が横一列に並び、その後方に隊員たちが大きな文字を描いた。
 一方、訓練始めでは約2.5キロの持続走を実施。格闘訓練も行い、格闘指導官の号令の下、徒手技術の殴打技、蹴り技を繰り出し、ミットを叩く音を響かせた。
 

転載元転載元: くにしおもほゆ

【衝撃】なぜ自衛隊の潜水艦に垂直発射筒がない理由?世界に誇る日本の錬度 搭載するまでもない海自の実力 驚愕の性能!【海上自衛隊】


船はミサイルや艦砲では沈まない。確実に撃沈を狙うなら喫水下に穴を開ける雷撃しかない。
探知及び対潜攻撃困難な深深度と静粛性を持って的確に命中させられる性能が有ればミサイルなど不要である。




今後日本は潜水艦と人工衛星の連携で相手の陣営を把握するだろう。ドローン戦闘機の製造が待たれる。ロックオンをどうやってやるのが賢いか?

転載元転載元: 未来を見つめて 夢の彼方へ!

全1ページ

[1]


.
検索 検索
bug*nno*e
bug*nno*e
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

標準グループ

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

友だち(215)
  • 妻田北
  • 初詣は靖国神社
  • gre*n*hub*32
  • tam*_*hig*
  • みみママ
  • 涼
友だち一覧

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事