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『生涯学習(History)』https://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/58114002.html
☺☼(○´д`○)☼☺こんにちわぁ♪![]() 《孝昭・孝安の皇居は屋久島と沖縄本島》
加治木義博
大学講義録31:21
これには、さらに有力な傍証がある。
それは前記の
十市の県主・天足彦国押人(孝安天皇の兄)と、
弟の日本足彦押人(孝安天皇)とが
生まれ育った皇居は「掖上」にあったと
2人の父・孝昭天皇の元年の記事にある。
『魏書倭人章』には
「掖邪拘(ヤジャカウ)」という
壹與の側についた率善中郎将がいて、
八坂(ヤザカ)王であることはご存じの通りだが、
その名乗りに該当する地名は
「屋久(ヤク)・邪久(ジャク)・狗奴(クノ)」
以外にないし、
その島国の王の蔑称が
「疫神(ヤクジン)=スサノオ」で、
彼を祭っている神社の名が「八坂神社」。
どこからみても掖邪拘は屋久島王である。
すると十市に結びつく
「掖上」は「ヤジャウ」への当て字で、
それは「掖邪王(ヤジャウ)」すなわち
屋久島王だから、
そこに隣り合う十島が十市であり、
十島(トシマ)とは
「十市国(トシマ)」と読んだ
後世の当て字である。
東京都の豊島(としま)も
アムピトリテ女神の名の
子孫だったことがわかる。
また孝安天皇の皇居は
「秋津島の宮」である。
アキツは
沖縄語が語源の蜻蛉(トンボ)のこと。
神武天皇が取った秀真(ホツマ)国を形容して、
「蜻蛉が臀呫(となめ)する
(大きいトンボの仲間は時々下半身を曲げて
尻端を嘗(な)める)姿に似ている」
と言ったことから
「秋津洲(しま)という名が生まれた」と
『日本書紀』が書くが、
沖縄本島はいかにも
尾を曲げたトンボを
右横から見たような形をしているが、
日本列島全体を精密に見ても、
そんな島は他にはない。
孝安の秋津島は沖縄本島だったことになる。
M.K記(責)
連絡先:090-2485-7908
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