沖縄問題

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「反対しながら作らせるほうが何かとやりやすい」 翁長雄志知事が辺野古移設“反対派”を謳う真意とは

1/24(水) 6:20配信
デイリー新潮
 2018年の沖縄は首長選が目白押しである。
1月には南城市長選、2月には名護市長選、3月には石垣市長選、4月には沖縄市長選、そして11月には豊見城市長選、那覇市長選、沖縄県知事選が行われる予定だ。
 焦点になるのは普天間基地の辺野古移設問題だ。2002年に辺野古沖に基地の移設をすることが決定されたが、現在でも反対の声は大きく、工事も大幅に遅れているとうい現状がある。翁長雄志沖縄県知事も「移設反対派」であり、地元メディア各社の2018年新春インタビューでも「新辺野古基地は作らせないということで頑張っていきたい」(2018年1月1日付「琉球新報」より)と述べている。

    しかし、評論家の篠原章氏は、「辺野古移設問題は事実上終わった」と、断言する。(以下、「新潮45」2018年2月号より抜粋、引用)

 篠原氏は、「客観的に見れば、『遅れはあるものの移設のための工事は着実に進んでいる』のが実情であり、翁長知事の側には、政府による辺野古移設作業を止める合法的な手立ても今やほとんど残されていない」と語る。さらに「知事の厳しい反対姿勢は、実質的には『見せかけ』にすぎない。知事の正体は『辺野古阻止』という仮面を被った移設推進派である」と、述べている。
 篠原氏によれば、翁長知事は「選挙を最大の政治課題とし、そのためには努力を惜しまず、また策略も辞さない政治家」だという。そもそも翁長知事は、2000年に那覇市長選で当選した頃は、「沖縄で最も右寄りの政治家と目され、辺野古移設を率先して推進する政治家」だった。しかし、2014年11月に行われた沖縄県知事選挙では、辺野古移設反対を掲げ、共産党、社大党、社民党、連合沖縄などを母体とする「オール沖縄」の候補として知事選に出馬し、大差を付けて圧勝した。

 翁長氏の姿勢を厳しく批判する元参院議員(民主党)

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喜納昌吉氏は、
「2014年の知事選の数カ月前、翁長さんと会食  しました。
その席で翁長さんは
『賛成して辺野古に基地を作らせるよりも、
反対しながら作らせるほうが何かとやりやすい』といいだしたのです」と、証言する

 
篠原氏は
翁長知事が「移設反対派」を謳うことについて、
「県内世論の動向を見て辺野古推進あるいは
容認では選挙に勝てない」
と早くから判断し、

選挙に勝つために『オール沖縄』を組織したの
だ」と糾弾し、

今後の沖縄の首長選について
「どのような政治的主張を唱える候補者でも
いい、沖縄県民には、自らの言葉で誠実に
政策を訴える人物を選んでもらいたいと切に
願う」と、希望を寄せた。

 ***

 篠原章氏の「翁長雄志知事 偽りの『基地反対』」全文は、「新潮45」2018年2月号に掲載。12ページにわたり、翁長知事の家族構成や政治家としてのキャリア、政治理念、辺野古移設問題に対する言動などを詳しく解説する。

「新潮45」2018年2月号 掲載


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転載元転載元: 〜ようこそ!GALLERY*DISCOVERYへ〜

米軍普天間飛行場は、「世界一危険な基地」の汚名を持つ事は有名だ。小学校がすぐ隣にあり、昨日も米軍ヘリコプターの窓枠が落下してあわやの大惨事に至るところであった。普天間は宜野湾(ぎのわん)市)の中心にあるため、その危険性は言うまでもない。そこで、名護市の辺野古地区に移設が進んでいるが、辺野古移設が決まって20年以上にもなるのに、完成どころか沖縄を挙げての反対運動・妨害が続いている。
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 沖縄県の翁長知事は再三、辺野古移設反対のため行政指導や行政処分を繰り返し、その都度裁判で負けている。にもかかわらず知事は、米軍関係の事故をまるで「そらみろ」とばかりに猛烈な抗議。抗議は正当だとしても、普天間飛行場がある宜野湾市民はたまったものではないというのが本音なのではないだろうか?。

 翁長知事が「辺野古移設阻止」「米軍基地反対」のトーンを高くすれば、普天間の危険性除去をいたずらに遅らせ、ひいては市民の安全を無視していると私は考える。翁長知事よ、「オール沖縄」で有頂天になり、辺野古移設反対運動や抵抗が長引くほど、宜野湾市民をまだまだ長期にわたり危険にさらし、工事の遅延が対中国や北朝鮮で日本国を危険にさらしていることをどう思うのか?

転載元転載元: 菖枯堂のブログ


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【炎上】百田尚樹VS沖縄タイムス ヘイトスピーチをしたかどうかで口論に
沖縄タイムスの阿部岳記者が「百田尚樹が講演会でヘイトスピーチをした」として騒ぎ立てている。対する百田尚樹は差別の意図はないと真っ向から反論した。
順を追ってまとめてみた。
 
まず百田尚樹は講演会にて、沖縄で以下のような会話を交わしたとエピソードを披露した。
我那覇真子「高江のテント村行きませんか?」
百田尚樹「え、高江のテント村…。恐いやん。悪い人がいっぱいおるやろ?」
我那覇真子「悪いと言ったらあきません。市民と呼ぶんですから」
百田尚樹「市民?沖縄県民何人くらいおるの?」
我那覇真子「半分ぐらいです。あとの半分は知らんところから来てます。中国、韓国から来てますよ

我那覇真子「大丈夫!私が先生を守ります」

百田尚樹「うん!それやったら行く!」(会場笑い)
 
沖縄の基地問題が過激派によって大変なことになっているのはすでに有名な通り。大半の現地民は基地に反対していないのに政治的に利用したい一部の団体がよそからやってきて猛抗議しているのだ。
 
さて講演会終了後、沖縄タイムスの阿部岳記者が百田尚樹に詰め寄った。
阿部岳記者「百田さん!今日の講演でヘイトスピーチしましたね?『中国、韓国恐いな』って言いましたね?これは中国、韓国に対する差別です!」
百田尚樹は差別の意図はないと否定するものの阿部岳記者は「いや差別です。明日、新聞に書きます!」と宣戦布告。その場で口論になり、百田尚樹は場所を移してヘイトスピーチではないと真摯に説明を続ける。そのときの様子はこちら。どちらの言い分が正しいか考えながら見てほしい。
 

010324
 
阿部岳記者は会話の中でやんわりと譲歩しつつも肝心のヘイトスピーチの箇所については頑として譲らない。結局、阿部岳記者が「解釈、主観レベルで差別と感じた」ということで解散。
 
第三者の立場でみれば、そもそも阿部岳記者は揚げ足取りのために講演会を訪れており、記事にしたいがためにいちゃもんをつけただけであったように思える。
 
百田尚樹はこの阿部岳記者の言いがかりに対抗するために一部始終をしっかりと記録に残し、カウンター攻撃を仕掛けた。この点は阿部岳記者の予想外だった部分だろう。だが引くに引けず、無理な主張を続けてしまった。
2017.10.31 netgeek
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≪講演会終了後、沖縄タイムスの阿部岳記者が百田尚樹に詰め寄った。阿部岳記者「百田さん!今日の講演でヘイトスピーチしましたね?『中国、韓国恐いな』って言いましたね?これは中国、韓国に対する差別です!」
百田尚樹は差別の意図はないと否定するものの阿部岳記者は「いや差別です。明日、新聞に書きます!」≫
 
これは、はじめから沖縄タイムスの記者は講演後の百田氏に言いがかりをつけて、その反応(暴力してきたら最高のネタ)を記事にして、百田氏を「差別主義者だ」と捏造して悪いイメージで記事に書こうとしたのだ。
 

しかし、百田氏と阿部記者のやり取りの一部始終を動画でネットに流されてしまったため、沖縄タイムスは「差別した」という捏造記事が書けなくなって「中国や韓国怖いな」とだけ書いた。


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百田氏が言わんとしたことは、沖縄で反基地運動をやっている者達を「市民」と報じているが、彼らは市民ではなく「極左活動家」であり、このうちの半分は県外から来た活動家で、「シナ」や「韓国」からも来て基地反対している、というものである。
 
これは「ヘイトスピーチ」ではなく「事実」である。
 
しかし沖縄タイムスにとって「事実」は都合悪いので、「ヘイトスピーチだ」と難癖をつけて言論弾圧し、さらには「記事に書くぞ」と言って脅すタチの悪さだ。
 
これが沖縄タイムスはじめ、沖縄反日左翼の正体である。
 
本来、こういう沖縄で行われていることは、マスコミが全く報じないので、全国でほとんど知られなかったが、今はネットで動画がそのまま流されるので、沖縄の極左や在日の横暴さを全国の国民が知ることになった。
 
沖縄タイムスや琉球新報、極左活動家や在日、シナ人や朝鮮人がやっていることはネットによって広く拡散されて、全国の国民はその実態を知っている。
 
沖縄でマスコミや活動家などがやっていることは、シナのためにやっている工作の手先である。日本の安全保障を崩し、内部から混乱させているのは、すべてシナの国益のためにやっているのである。
 
今回、我那覇真子氏が百田氏を招いて講演をしたことで、沖縄の実態の一端をネットで拡散出来た。
 
若くて、女性でありながら、沖縄のため、そして日本のために、嫌がらせにも負けずに頑張っている。今後もどんどん事実を全国に発信してほしい。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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 《沖縄でのギリシャ人の移動拡大を記録した地名》

 ※出典:加治木義博
     大学院講義録11:17

 だからそれは日本列島における
 ギリシャ人居住の最初の遺跡でもある。

 沖縄列島の最西端は日本の最西端である、
 そこを出発点として、
 日本列島の中に残っている
 そのパーリ語圏とギリシャ語圏の移動拡大の跡を、
 フリップ化してたどってみよう。

 1 与那国島 ヨナグニジマ 
   その東、約200kmの宮古島と那覇市の          隣り南風原(ハイハラ)村に

 2、3 与那覇 ヨナハ 
   という2つの字がある。
   その東隣りが

 4 与耶原 ヨナハラ
   町だ、広さは4平方kmだが人ロは            12000人を超える。

 5、6 与那城 ヨナグスク  
   はその北隣りの西席村の字(あざ)と、          その北東20kmにある半島

 このうちの与那原で、
 後の邪馬壹国女王壹與が即位したことも、
 すでによくご存じである。

 それは
 『三国史記』が
 新羅始祖王の赫居世として壹與を記録し、
 彼女が<徐那伐>で即位したと記録しているが、
 これは<ヨナバル>という発音で、

 <与那原>を北九州語で発音したものに
 朝鮮語で当て字したものだからである。

 このことは他にも多くの証拠を残している。

 壹與が新羅の初代女王だということは
 神功皇后の関係記事が真実である証拠であり、
 彼女らがパーリ語を話したこと。

 赫夜姫と重ねると
 彼女は金髪のギリシャ人だったこと。
 
 などなど……。

 M.K記(責) 

転載元転載元: 歴史徒然:History Tsurezure


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