人生・生き方・思想信条

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私が安冨教授を知ったのはIWJのインタビューででした。
「東大話法」の言葉もその時に教授が名付けたのだと知り、その言葉に深く納得したことを思い出します。
その時はまだ男装でしたが、そのこころの奥底にそのような苦しみが渦を巻いていたとは・・・

もう少し、安冨氏の声を聴いていきたいとおもいます。

なぜ日本の男は苦しいのか? 女性装の東大教授が明かす、この国の「病理の正体」

「東大教授なんて、高い高い断崖絶壁の上を走るレールを、ひたすら一人で登り続けているようなもの。レールを太くて頑丈にすればするほど、どんどんそこから外れることができなくなる。“レール”って、何のことか分かる? それは、『男らしくあれ』っていう強迫観念。東大教授の大半は男だからね」
そう語るのは、東京大学東洋文化研究所の教授・安冨歩(52)だ。
身体的には男性だが、普段からスカートやワンピースなどの女性の装いをし、テレビ番組や講演会にもその姿で出演する。2014年10月、マツコデラックスの番組「アウト×デラックス」(フジテレビ系)にて「女性装の東大教授」として取り上げられ大きな話題を呼んだ。
装いのみから注目を集めているのではない。気鋭の経済学者としても注目を浴びている。
特に3.11の原発事故後に出版された『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語』(2012年1月出版)では、原発事故を取り巻くマスコミや政治家の言論が、第二次世界大戦前の戦争に関する言論とよく似ており、社会の暴走が加速する時には、きまって知的特権階級の人々の間でよく使用される「欺瞞的で、相手を言いくるめ、服従させるための」話法がメディアや政治の場で頻発すると指摘した。
自分自身が「エリート」であるにもかかわらず展開する痛烈なエリート批判と、その装いによって視線をあびる安冨だが、彼は最初から現在のような自由な人生を歩んで来たわけではない。彼の人生には長い間、家族から植え付けられたと脅迫観念がつきまとっていた。

親の価値観―“靖国精神”で満たされた家庭

安冨の両親は昭和9年、10年生まれ。生まれた時には満洲事変は終わっており、物心ついた時には日中戦争が起こり、太平洋戦争を経験した。父は学校の校長、母は元教師という家庭の長男として安冨は育った。
「男の子は大きくなったら戦争に行って、天皇陛下のために死ぬ。女の子は銃後を守り、息子を兵士として育て、立派に戦死したら靖国の神になったと随喜の涙を流す。私の両親はこの“靖国精神”を植え付けられたど真ん中の世代。私の教育にも当然それは影響した」
終戦後、世は戦後民主主義に急転換。しかし国民の腹の中はまだ靖国精神で満たされている。この世代の多くの人は、この二重構造を背負っていたはずだ、と安冨は指摘する。自らは、そのような両親からのただならぬプレッシャーを全身に受けながら育ったと言う。
Image photo by iStock
「口では『お前の好きにすればいい』と言いつつ、内面では『良い学校に行って、出世しろ!』という無言の強烈なアピール。家族はお父さんの役、お母さんの役、子供の役、とそれぞれが立場を演じているだけ。心の交流は無かった」
「あのね、『勉強しろ』って言葉で命令するのはまだ二流だよ。本当に支配的な親って言うのは、勉強しなさいって言わなくても子供が気配を察して自分で勉強しはじめるような無言のプレッシャーを与えてるの。最初から、親の価値観の枠組みから外れないようにガチガチに仕込んで、そこから外れることすら想像させないんだよ」
中学生のころ、本心では指揮者や作曲家になりたかったが、親には鼻で笑われた。ゴッホ展を見て画家になりたいと思った時には、もう口にすらしなかった。エリートになる道以外に選択肢はありえない。そんな無言の空気が安冨を苦しめた。
父は職場では子供や同僚のことを第一に考え、教育に粉骨砕身する人物ではあったが、家では母親の言いなりであり、安冨の味方ではなかった。

転載元転載元: kakaaのブログ〜土と野草と野菜の生命力を信じて〜

私が安冨教授を知ったのはIWJのインタビューででした。
「東大話法」の言葉もその時に教授が名付けたのだと知り、その言葉に深く納得したことを思い出します。
その時はまだ男装でしたが、そのこころの奥底にそのような苦しみが渦を巻いていたとは・・・

もう少し、安冨氏の声を聴いていきたいとおもいます。

なぜ日本の男は苦しいのか? 女性装の東大教授が明かす、この国の「病理の正体」

「東大教授なんて、高い高い断崖絶壁の上を走るレールを、ひたすら一人で登り続けているようなもの。レールを太くて頑丈にすればするほど、どんどんそこから外れることができなくなる。“レール”って、何のことか分かる? それは、『男らしくあれ』っていう強迫観念。東大教授の大半は男だからね」
そう語るのは、東京大学東洋文化研究所の教授・安冨歩(52)だ。
身体的には男性だが、普段からスカートやワンピースなどの女性の装いをし、テレビ番組や講演会にもその姿で出演する。2014年10月、マツコデラックスの番組「アウト×デラックス」(フジテレビ系)にて「女性装の東大教授」として取り上げられ大きな話題を呼んだ。
装いのみから注目を集めているのではない。気鋭の経済学者としても注目を浴びている。
特に3.11の原発事故後に出版された『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語』(2012年1月出版)では、原発事故を取り巻くマスコミや政治家の言論が、第二次世界大戦前の戦争に関する言論とよく似ており、社会の暴走が加速する時には、きまって知的特権階級の人々の間でよく使用される「欺瞞的で、相手を言いくるめ、服従させるための」話法がメディアや政治の場で頻発すると指摘した。
自分自身が「エリート」であるにもかかわらず展開する痛烈なエリート批判と、その装いによって視線をあびる安冨だが、彼は最初から現在のような自由な人生を歩んで来たわけではない。彼の人生には長い間、家族から植え付けられたと脅迫観念がつきまとっていた。

親の価値観―“靖国精神”で満たされた家庭

安冨の両親は昭和9年、10年生まれ。生まれた時には満洲事変は終わっており、物心ついた時には日中戦争が起こり、太平洋戦争を経験した。父は学校の校長、母は元教師という家庭の長男として安冨は育った。
「男の子は大きくなったら戦争に行って、天皇陛下のために死ぬ。女の子は銃後を守り、息子を兵士として育て、立派に戦死したら靖国の神になったと随喜の涙を流す。私の両親はこの“靖国精神”を植え付けられたど真ん中の世代。私の教育にも当然それは影響した」
終戦後、世は戦後民主主義に急転換。しかし国民の腹の中はまだ靖国精神で満たされている。この世代の多くの人は、この二重構造を背負っていたはずだ、と安冨は指摘する。自らは、そのような両親からのただならぬプレッシャーを全身に受けながら育ったと言う。
Image photo by iStock
「口では『お前の好きにすればいい』と言いつつ、内面では『良い学校に行って、出世しろ!』という無言の強烈なアピール。家族はお父さんの役、お母さんの役、子供の役、とそれぞれが立場を演じているだけ。心の交流は無かった」
「あのね、『勉強しろ』って言葉で命令するのはまだ二流だよ。本当に支配的な親って言うのは、勉強しなさいって言わなくても子供が気配を察して自分で勉強しはじめるような無言のプレッシャーを与えてるの。最初から、親の価値観の枠組みから外れないようにガチガチに仕込んで、そこから外れることすら想像させないんだよ」
中学生のころ、本心では指揮者や作曲家になりたかったが、親には鼻で笑われた。ゴッホ展を見て画家になりたいと思った時には、もう口にすらしなかった。エリートになる道以外に選択肢はありえない。そんな無言の空気が安冨を苦しめた。
父は職場では子供や同僚のことを第一に考え、教育に粉骨砕身する人物ではあったが、家では母親の言いなりであり、安冨の味方ではなかった。

転載元転載元: kakaaのブログ〜土と野草と野菜の生命力を信じて〜

三原じゅん子氏に罵られる国会の低レベル

6/28(金) 5:15配信

プレジデントオンライン

■選挙後の入閣候補に名を連ねるほどの人気ぶり

 三原じゅん子氏(54)というと、「3年B組金八先生」でのツッパリ女子中学生役を思い出す人がいるかもしれない。だが、現在の三原氏は自民党の参院議員として存在感を増している。6月24日の参院本会議では、野党が提出した安倍晋三首相の問責決議案への反対討論に立ち「恥を知れ」と野党を一喝し、議場を騒然とさせた。

 ネット上では賛否半ばして大論争になっているが、自民党内での評判は急上昇。参院選では応援弁士として引っ張りだこで、選挙後の入閣候補にも名を連ねているのだという。

■「顔はやばいよ、ボディーやりな」のような太い声

 「私は自民、公明を代表して、野党から提出された安倍内閣総理大臣問責決議案に対して、断固反対。断固反対の立場から、討論を行います」

 白いスーツ、黒ぶちのメガネで登壇した三原氏が、いつもよりも険しい表情で、そしていつもよりも太い声で討論を始めると、参院本会議場の与党側の席からは大きな拍手、野党席からは激しいヤジが沸き起こった。

 三原氏はツッパリ生徒として「金八先生」に出演した時の「顔はやばいよ、ボディーやりな」というセリフが思いだされるが、あれは40年近く前の話。今はどちらかというと落ち着いて穏やかなキャラクターで売っている。しかしこの日ばかりは、40年前の、自身の残像を意識して話し始めたように見えた。

 7分半に及ぶ演説で三原氏は、安倍氏の責任を問う決議案を提出した野党、特に旧民主党勢力を徹底的にこき下ろした。いくつか表現を紹介しよう。

■「愚か者の所業。恥を知りなさい」

 「野党の皆さん、年金を政争の具にしないでいただきたい。(中略)猛省を促します」

 「(民主党政権の3年間は)はっきり言って、無為無策だった」

 「民主党政権時代はどうだったか。(中略)まさに悪夢だったのであります」

 極め付きは「民主党政権の負の遺産の尻ぬぐいをしてきた安倍総理に、感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど、全くの常識外れ。愚か者の所業とのそしりは免れません。恥を知りなさい」。

 ここまで来ると批判というよりも罵詈雑言だろう。SNSでは「ヘイトスピーチではないか」という書き込みも見られた。いずれにしても衆院解散が消えてから緊張感が消えた終盤国会で三原氏は文句なく注目度ナンバー1。MVPだった。

■参院で「八紘一宇」を訴えて、激しく批判されたが…

 三原氏というと「八紘一宇」発言が記憶に新しい。八紘一宇とは「世界を1つの家にする」という意味だが、第2次世界大戦で侵略戦争を正当化するスローガンとして用いられた言葉。

 三原氏は2015年3月16日、参院予算委委員会の質問で「建国以来、大切にしてきた価値観『八紘一宇』を紹介したい。強い国が弱い国のために働く制度ができて、世界は平和になる」と肯定的に語ったのだ。

 この時は猛烈な批判を受け、三原氏は超保守的・復古主義的な政治家という位置づけが定着した。その印象が強いだけに、25日の反対討論も注目を集め、騒ぎとなったのだ。

■自民党内では政治家として評判がいい理由

 ただし三原氏は、自民党内では、なかなか評判のいい政治家であるのも事実だ。普段は物腰が柔らかで、政治家のパーティーなどへも積極的に出席してスピーチする。50代になってもアイドル時代を彷彿とさせるルックスで、知名度は抜群なだけに、パーティーも盛り上がるのだ。

 1期目は比例代表で当選したが、2期目は神奈川県選挙区にくら替え。自民党候補が既に1人いるところに2人目の候補として出馬するという、誰もが嫌がる厳しい選挙を戦いながら、100万票を超える圧倒的1位で再選を果たした。度胸があると評判だ。

 24日の反対討論も、野党の憎しみを一身に浴びる憎まれ役を引き受け、見事に演じきったということもいえるのだ。

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最終更新:6/28(金) 19:55
プレジデントオンライン

転載元転載元: nk8**6eのブログ

李登輝はなぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか

6/21(金) 12:31配信

Wedge

 2014年9月、李登輝は関西国際空港に降り立った。2007年から3年連続で訪日したものの、そこから5年間は機会がなかった。というよりは「奥の細道」散策の後半を辿るとか、台湾少年工の里帰り記念式典に出席するなど、計画が進められたこともあったのだが、体調を崩したりして頓挫してしまったのだ。

 このときの訪日では、初めて実現したことがあった。愛娘二人を連れての日本行きである。1945(昭和20)年、台湾は日本の統治下を離れた。李登輝も京都帝国大学での学業半ばで台湾に戻ることを余儀なくされたのである。その後、台湾大学に編入学し、農業経済学者としての道を歩み始めたことで、視察や研究の一環で日本を何度か訪れたことはあった。

 一人息子の李憲文が綴った文章にも、日本へ出張した父親が「最新のグラスファイバーの釣り竿を買ってきてくれる約束になっていた。タラップを降りてきた父の手に細長い包み紙があるのを見て、預け荷物にせず、自らの手で息子へのお土産を持ってきた父の愛情を感じた」と書かれている。

 しかし、家族を連れて日本へ旅行に行く機会は訪れなかった。現在でもそうだが、台湾の現職総統は日本訪問が不可能だ。そのため、総統に就任する前、最後に日本を訪問したのは副総統だった1985年のこと。国交が無いながらも関係が良好だった南米のウルグアイで大統領就任式典に出席した帰途、東京でトランジットしたのだった。

 余談だが、このとき、李登輝は初めて中嶋嶺雄・東京外国語大学教授(当時)と会っている。中嶋が書いた『北京烈烈―文化大革命とは何であったか』などの書籍を読んだ李登輝が、「これほど中国を鋭く観察している学者が日本にいるのか」と感嘆し、面会を申し入れたという。

 自民党議員との晩餐会のあと、ホテルオークラの一室で会った二人は深夜まで話し込み、中嶋は後に日本における李登輝の最も親しい友人のひとりとして「アジアン・オープン・フォーラム」を開催したり、2007年の「奥の細道」散策をお膳立てするなどして李登輝の対日交流を支えた。

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最終更新:6/21(金) 12:31
Wedge

転載元転載元: nk8**6eのブログ

発達障害の子ども、療育の効果は? 育児漫画「生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした」インタビュー(3)

6/15(土) 12:00配信

ねとらぼ

 母子ともに発達障害での育児体験をつづった漫画「生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした」。2019年2月に最終章となる「入学準備編」が刊行された同作について、著者・モンズースーさんにインタビューしました。漫画本編もあわせて掲載します。(聞き手:直江あき)

【マンガを全ページ読む】

漫画「生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした」とは?

 幼いころから生きづらさを抱えていた私が生んだ子は、二人とも発達障害グレーゾーンでした。

 未来が怖い、人目が怖い、集団が怖い。絶望と希望を繰り返しながら、それでもなんとか前向きに生きていく姿に、共感と応援の声! アメブロで総合1位を獲得した実録コミックエッセイ。

著者プロフィール:モンズースー

長男を出産後、ADHDと診断される。基本のんきで前向き。第29回コミックエッセイプチ大賞受賞後に始めたブログ「【漫画】生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした」がアメブロ総合1位を記録(現在のブログは「凸凹ハウス〜親子で発達障害でした〜」)。2016年にデビュー作「生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした」を刊行、大きな話題を呼びロングセラーに。その後、「入園編」「入学準備編」(いずれもKADOKAWA)を刊行。

その他の一部エピソード、購入先などはWebマンガ誌「コミックエッセイ劇場」に掲載されています

―― シリーズ第2巻「入園編」では、長男君の幼稚園での生活が描かれていますね。

 長男はいろんなことに興味があって手を出して、失敗して落ち込んじゃうんです。変に真面目に頑張りすぎちゃってダメになるタイプなんですよね。私も同じタイプなので気持ちは分かりますが……。

 彼は周囲を巻き込むところがあるので、対応が難しかったです。自分で一度これと決めたら、周囲がそれに従わないと終わらないし、次のことにも進めないというのが多くて。しかも、集団に合わせたい気持ちも強くて、なのにできない自分がすごく悔しかったようです。

―― けなげですね。

 当時はひどかったのですが、今はだいぶ落ち着きました。打たれ弱いところがあるので、今でも注意するときなどはすごく言い方に気を付けたりしています。

 長男が落ち着いたのは療育(※)のおかげかなと思います。療育の力ってすごい。みんながみんな結果が出るわけではありませんが、子どものころに療育を受けることに意味があると私は思います。

※療育:障害をもつ子の社会的自立を目的とした医療、保育

―― モンズースーさんも付き添いで幼稚園へ通っていましたが、ママ友付き合いはどうでしたか?

 療育ママたちは障害のある子どもの親なので、子どもに対しても親に対しても寛大な人が多かったんです。バラエティーに富んだ人たちが集まっていて、話していると楽しくて。長男が卒園した今でも付き合いがあります。

 みんな大変な状態で入るんですが、そのことを知ってる先輩ママ達が新しく入ってきた人たちのフォローをしてくれました。また、大人の人数が多い分、余裕もあったので、そこまで大変さも感じませんでした。トラブルがなかったわけではありませんが、控え室でずっと一緒にいたので、深い話もできるようになりましたね。

―― 作中ではよく先輩の療育ママたちが描かれていますが、療育パパはいましたか?

 パパが休みの日に来る家庭もありましたが、基本的にはママが来る感じでした。控え室には男性も入れるのですが、入りにくい雰囲気があって、パパは車で待機しているという場合もありました。全体的にママが1人で背負っている家庭が多い印象でした。

 「療育は平日の昼間に行われるから、仕事との両立が厳しい」というのもあると思います。昼間は療育に行き、夜勤で働いている人もいましたが。

―― 親の付き添いは大変ですね。

 子どもたちを安心させたいというだけでなく、「親子の関係も含めて療育しよう」という考え方があったのかな、と。だから、子どもと一緒に行かなければならなかったのだと思います。

(続く)

ねとらぼ

最終更新:6/15(土) 12:00
ねとらぼ

転載元転載元: nk8**6eのブログ

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