親日国、台湾など

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台湾は独立国家!そう思うけど名前は中華民国ではなく台湾でいい。
中華と言う単語が人民共和国を連想させるし、中華思想みたいな思想から離れてこそ台湾が輝いてくる。ちゃんと独立宣言をし台湾として認知されるべき。

台湾「首相」が「独立国家」発言

台湾の首相にあたる行政院長が26日、議会で「台湾は独立国家」だと述べた。今後、中国の反発を招くとみられる。
これは、現地メディアが伝えたもので、台湾の首相にあたる頼清徳行政院長は、就任後初めて議会で答弁し、「わたしは、台湾独立を主張する政治家だ」と述べた。
そのうえで、頼氏は「台湾は、すでに主権の独立した国家だ。名前を中華民国という。あらためて、台湾の独立を宣言する必要はない」とも述べた。
蔡英文総統が、中台関係について、独立を殊更に強調せず、「現状維持」を掲げる中での頼氏の発言は、10月に重要な会議である「共産党大会」を控えた中国の反発を招くとみられる。

転載元転載元: おやぢのGadget Diary!


 反日日本人や似非日本人。そして、反日の在日朝鮮人達より台湾人が日本に住むべきだね。



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李登輝元総統と靖国に祭られているお兄さん




返信先: さん
台灣でもFNNの300漁船大軍🐸出航が報道です。日米共同訓練 空自戦闘機と米爆撃機も報道されました。がんばれ、日本!尖閣を守ろう。
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返信先: さん
yunhan wangさんが産経ニュースをリツイートしました
社民党副党首の福島瑞穂参院議員が、15日の「終戦の日」の集会で述べたあいさつに対し「戦没者を冒涜(ぼうとく)している」などとしてインターネット上で批判が殺到している。これはひどすぎます!(💢 ఠㅂఠ)⚡
yunhan wangさんが追加


美國太平洋空軍的2架B-1B轟炸機與日本航空自衛隊的2架F-15戰機,周三(16日)上午在釣魚台附近進行空中演習。美軍表示,這是展現美國對盟友鐵一般的承諾。日本《產經新聞》報導,2架從關島飛來的B-1B轟炸機,與航空自衛隊的F-15戰機,在釣魚台附近空域,進行編隊飛行的共同訓練。類似的共同訓練也曾於7月30日及8月8日在九州周邊空域實施。美日打算透過展現攜手合作,來牽制中國及北韓。美國太平洋空軍也在官網上表示,美國與盟國在這次行動中,展現出「維護印度、亞太地區和平與安全」的團結一致和决心。(國際中心/綜合外電報導)
http://img.appledaily.com.tw/images/ReNews/20170817/420_2edb393973f3b2eadc6bacb1c37ba0cb.jpg
翻攝pacaf.af.mil
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翻攝pacaf.af.mil
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翻攝pacaf.af.mil
http://img.appledaily.com.tw/images/ReNews/20170817/420_62f6b8fbab4d50d163b9408ef6d32704.jpg
翻攝pacaf.af.mil
有話要說 投稿「即時論壇」



南朝鮮・韓のバス車内に売春婦像設置について
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在公車上碰見慰安婦少女》首爾巴士首設慰安婦少女像 市民評價兩極

適逢815光復紀念日,環行首爾市內的151路公車自14日起,開始在車內設置象徵慰安婦議題的少女像。首爾市長朴元淳也於同日上午前往公車視察,並就二戰慰安婦、強行徵用勞工等日韓爭議公開對日本表達抗議。151路公車主要行經成均館大學、漢城大學、中央大學與首爾大學蓮建校區等7所大專院校校區,每輛車每天平均載客量超過800人次,為學生、上班族的重點路線。

  1. 返信先: さん
    yunhan wangさんがFuji News Networkをリツイートしました
    尖閣へ向け中国漁船団🐸が出航福建省の漁港。およそ600隻の漁船のうち、およそ半分が、沖縄県の尖閣諸島周辺に向かうという。漁民は「民兵か? いるよ。釣魚島(尖閣諸島)に行けば、あちこちにいるよ」と話した。((•﹏•๑)))
    yunhan wangさんが追加

転載元転載元: 一騎当千のブログ


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産業革命の正体:インド人の手首を切り落とす英国人達

「産業革命」と言えば、生産方法が大転換したと教えられるが、教科書に書かれない事実がある。インドのことである。
 
イギリスでは1760年代から産業革命が起こり、絹織物の生産高が飛躍的に伸びた。それに伴い植民地であったインド人を酷使して綿花を栽培させ、ただ同然でイギリス本国に送って、出来上がった大量の製品をインドで売り捌いた。
 
イギリス人は英国の絹織物がたくさん売れるように、腕のよいインド職人の腕を斬り落とし、インドの綿織物産業を潰した。
 
これにより世界最大だった絹製品の生産国インドの人達は路頭に迷った。
 
これに怒ったインド人が立ち上がったのが「セポイの反乱」である。しかしイギリスはこれを武力で鎮圧して黙らせた。
 
こういうことは教科書では教えない。
 
インドのチャンドラ・ボースがドイツに逃走してヒトラーに支援を求めたが「インドの独立は無理だ」と言われた。
 
しかし、東洋の小国日本が大国アメリカに開戦すると同時に、インドの敵であるイギリスにも宣戦した。チャンドラ・ボースはもう黙って見ていられなかった。
 
ボースは日本に支援を求めると、東条英機首相は「インドも英国の制圧から脱するために大東亜共栄圏に参加すべきである」と言った。
 
するとボースは日本国民に向けてこのような演説をした。
「日本の皆さん、今から40年前、私がようやく小学校に通い始めた頃、一東洋民族である日本が世界の強大国のロシアと戦い、これを大敗させました。
 
このニュースが全インドに伝わり、興奮の波がインドを覆いました。いたる所で旅順攻撃や奉天大会戦の勇壮な話で持ちきりでした。私達インドの子供達は、東郷元帥や乃木大将を敬慕し、尊敬しました。
 
日本はこの度、インドの敵イギリスに宣戦しました。日本は私達インド人に対して、独立のための絶好の機会を与えました。
 
私達はそれを自覚し感謝しています。一度この機会を逃せば、今後100年以上は訪れることはないのでしょう。勝利は我々のものであり、インドは独立することを確信しています」。
 
ボースはインド国民軍を創設し、自由インド仮政府を樹立して米英に”宣戦布告”した。
 
ビルマを占領した日本軍はボースを総司令官とするインド国民軍とともにインパール作戦を行った。インドではインパール作戦を「独立戦争」と呼び「日本軍が協力したインド国民軍の戦い」と教えている。
 
しかしインパール作戦が失敗するとインド国民軍の将兵がイギリス軍の捕虜となりインドに連れて行かれた。
 
戦後、イギリスはインドの独立に身を投じたインド国民軍2万人を「宗主国である英国女王に対する反逆者」として処罰するためレッド・フォートで軍事裁判にかけた。
 
イギリスは日本の東京裁判のように一方的に裁こうとしたが、インド各地で裁判の即時停止と被告の即時釈放、イギリス人は自国へ帰れ、という運動が起きた。
 
この時、日本人の証人は「インド国民軍は日本に強制されたと主張すれば罪が軽くなる」と言うと、インド側は「インド国民軍は日本と対等の立場で共同作戦を張った独立軍で、そういうことは言って欲しくない。結果、被告達が死刑になっても悔いはない」と言った。
 
この時、インドの国会では、インドの大衆のデモに対する英国の武力弾圧、日本の広島・長崎の原爆投下による非戦闘員を虐殺したトルーマンこそ戦犯で、赤十字の標識を掲げた病院船「阿波丸」を撃沈したアメリカ軍こそ戦犯に問われるべきであり、英・仏・蘭こそ戦争犯罪人で、彼らに軍事裁判をする資格はない、と声明を出し、インドは国民と国会が一体となり英国支配に猛抗議した。
 
さらに英軍はニューデリーで「対日戦勝祝賀パレード」を行うと、インドの市民はボイコットし、全戸に弔旗を掲げ、数万のパレード抗議デモを行った。
 
そして、遂にイギリスは屈して、インドから引揚げることになった。
 
インドで「独立戦争」と教える「インパール作戦」。日本軍がインパール南西の2926高地まで進撃した時、日本人の赤い血を流した丘として、ここをレッド・ヒルと呼ぶ。
 
昭和52年、現地の人達でレッド・ヒルと名付けたこの丘のふもとに日本兵の慰霊塔を建てた。この慰霊塔建立を推進したロトパチン村のモヘンドロ・シンハ村長はこのように言った。
 
「私達は日本兵がインドの解放のために戦ってくれたことをよく知っています。だから私達は食料や衣料を喜んで提供しました。

ところがイギリス軍がそれを知って阻止しました。日本軍は飢餓に追い込まれましたが、勇敢に戦い、次々に戦死してゆきました。この勇ましい行為は全てインド独立のためだったのです。

私達はいつまでもこの勇戦を後の世まで伝えていこうと思って慰霊塔を建てました。この塔は日本人へのお礼とインド独立のシンボルです。そのため村民で毎年慰霊祭を行っています」。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


現地の報道によると、長浜容疑者は、今回、被害者2人の現地でのアテンドをしていて、パラワン州の州都、プエルト・プリンセサ市に、夫が日本人というフィリピン人女性を責任者に据えたコンサルティング会社を経営しているという。 

しかし、実態は、エビなどの養殖海産物の売買業や、日本へパラワン州からダンサーなどのフィリピン人女性を斡旋するビジネスを手がけていたという。

捜査当局は、保険金目当ての殺人事件として捜査をさらに進めている。 4月に発生したパチンコ業の日本人社長殺害も、「ビジネス絡みか、暴力団関係か、何かのトラブルで日本人に殺されたのだろう」(フィリピン在住の商社ビジネスマン)という見方が有力だ。

日本人同士のいさかいが殺人に発展
これまでにも、日本人がフィリピン人のヒットマンを雇い、1億円の保険金を狙った事件があり、2016年5月、日本人を殺害した容疑で日本人3人が逮捕されている。

ほかにもこの種の事件は多い。 日本人同士のトラブルは、ビジネスでの軋轢や利害関係、さらには個人的憎悪に関する場合が多いという。

さらに、前出のフィリピン在住の日本人企業経営者は、「在留邦人の多くは、日本よりはるかに小さいガチガチの日本人コミュニティの中で生きていかないといけない。

日本人村社会でのさまざまな競争や見栄の張り合い、さらには掟に従えなかったりで、メンツを潰され、最終的にやっていけなくなる人も出てくる」と話す。

つまり、「殺害しているのはフィリピン人だが、依頼しているのは日本人」で、「日本人を殺しているのは日本人」(同上)という場合が増えているという。

また今回、フィリピンの最後の秘境と日本でも持ち上げられていたパラワン島周辺は、かつて、太平洋戦争中に旧日本海軍の艦船の停泊地として利用され、大戦末期、米軍の攻撃で沈んだ沈没船が何隻もある戦禍の傷跡が残る土地だ。

親日国と言われるが、個人レベルでは戦時中の植民地支配に対し、感情的になるフィリピン人がいないわけではない。さらに、殺傷事件による文化的認識の違いも大きい。

フィリピンでは、日本や米国の先進国で起こる「通り魔や無差別殺人」といった謂れのない人たちが殺されることの方が罪深いと思われている。

金銭的、人間関係の揉めごと、怨恨など、犯行理由が明らかになっている場合が多いフィリピンでは、一般家庭での銃装備も、あくまでも「自己防衛」の手段。

大型モールなどで簡単に手に入るし、ホテルや銀行といった公共の場では、米国と同様、「銃は日常」なわけだ。

経済成長で格差社会が一層拡大し、麻薬常習犯や犯罪が増加する中、「お金のためなら、何でもする」(フィリピン在住の商社ビジネスマン)という一種の社会的風潮が、
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「フィリピンの銃社会のリスクを高めても、一掃することはない」、と肝に銘じておかないといけないということだろう。

転載元転載元: ラグナベイの風に吹かれて


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このたび,ブータン王国政府より「ブータン花の博覧会」へお招きいただき,ブータン王国を公式に訪問できましたことを誠に嬉しく思います。
昨年は日本とブータンの「外交関係樹立30周年」という記念すべき年であり,両国の友好親善関係を深める,様々な行事が行われました。その余韻が残る中での訪問となり,多くの人々と交流を持つことができたことは,私にとって大きな喜びでした。このたびの訪問にあたり,国王王妃両陛下をはじめ王室の方々,ならびに政府関係者の様々なご配慮とブータン国民の心温まる歓迎に対し,心より感謝の気持ちを表します。
このたびの訪問では,首都ティンプーとパロの2箇所を訪れました。パロ国際空港へ降り立つ飛行機の窓よりヒマラヤ山脈を望み,緑あふれる景色を眼前にした瞬間を幾度も思い返します。
国王王妃両陛下には,お目にかかる機会をいただくとともに,ご家族での昼食会にもご招待いただきました。その席では,空港でお迎えくださったユーフェルマ王女殿下もご一緒に,楽しく和やかな雰囲気の一時を過ごしました。昨年お生まれになった王子殿下にもお目にかかりました。その翌日には,先代国王陛下にもお招きいただき,王母陛下方をはじめ王族の方々もお集まりくださいましたなかで,昼食会が行われました。国王陛下,そして王室の皆様が親しみを込めてお優しい笑顔でお迎えくださったこと,様々なお話をさせていただきましたこと,大変ありがたいことでした。
先代国王陛下にお招きいただいた日の晩には首相主催の晩餐会にもお招きいただき,様々に工夫を凝らした舞台で舞踊と音楽を鑑賞しつつ,楽しくお話をさせていただきました。
6月2日には「ブータンにおける日本週間2017」が開幕いたしました。柔道,空手のデモンストレーション,子どもたちによる手話をまじえた「花は咲く」の合唱,日本からこの日のために訪れた神楽を鑑賞した後,ユーフェルマ王女殿下を 主賓にお迎えして,記念のレセプションがおこなわれました。この催しが,ブータンの人々が日本と日本の文化に親しむよい機会になりましたならば,幸いでございます。
その二日後,快晴のなか「ブータン花の博覧会」が開幕し,国王陛下をはじめ王族の方々と美しい花々にあふれた会場をまわり,庭園を鑑賞いたしました。昨年に引き続き造られた日本庭園は,日本の造園家の指導のもと,ブータンの人々が自国の植物や石を使って造られたもので,庭園を通じて国と国との交流を感じ る時間をもつことができました。
ブータンの伝統や文化にふれる機会もありました。ティンプーでは,民俗伝統博物館,国立弓技場,織物博物館およびロイヤル織物アカデミー,伝統美術工芸学院,パロでは,キチュ・ラカン,伝統的な農家,パロ・ゾン,国立博物館,タクツァン寺院を訪れ,音楽や舞踊を鑑賞し,5歳の時にブータン王国を訪問した両親から聞いて以来,思い描いてきたブータンの魅力を実際に味わうことができました。
また,ブータンの農業発展に大きく貢献された西岡京治氏(ダショー西岡)の業績にもふれることができました。パロの農業機械公社にはダショー西岡についての展示や写真がありました。また,訪問した農家の人々,そして各所でお会いした多くのブータン人の心の中に,ダショー西岡への思いと感謝が今も強くあることを感じました。「西岡チョルテン」の前では,ブータンの僧侶や農林省関係者,ブータン各地域の農民の代表による特別な儀式も行われました。
今回,青年海外協力隊員,シニアボランティア,JICA専門家等のJICA関係者,そして在留邦人など,両国間の友好関係に寄与されている方々とお話しをする機会もあり,皆様が携わっておられる種々の取り組みやブータンでの生活について伺うことができました。このように両国の友好関係の発展を支えてこられた方々に,心より敬意を表したく思います。
7日間の滞在は,あっという間に過ぎました。毎日のように眺めていた深い緑が,魅力的な伝統と文化が,ブータンの人々の優しさとあたたかな心,そして笑顔が,今も私の心に強く残っております。今後とも,日本とブータンが寄り添える関係でありますよう,そして両国の友好親善関係がますます深まりますよう願っております。

転載元転載元: レックの色々日記


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