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			<title>存在証明不全症候群・・・異形化した人々</title>
			<description>人は自己の存在証明を日々行い乍ら暮らしています。人生順風満帆の時は問題は無いのですが、人生には山あり谷ありで、時には病気や怪我、存在証明が困難に成ったり、失恋したり、不合格に成って思い通りの人生を歩めないことも有るでしょう。
人は自分の「生きた証」が得られ無く成った時に、行為・行動
を異形化させて、新たな存在証明を得ようと足掻く為に、人間
関係に齟齬を来たし、様々なトラブルを生じさせる場合、私は
その状態を「存在証明不全症候群」と呼びます。
例：失恋→片思い→ストーカー→・・・ミタイな</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buginnose70goal</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>存在証明不全症候群・・・異形化した人々</title>
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			<description>人は自己の存在証明を日々行い乍ら暮らしています。人生順風満帆の時は問題は無いのですが、人生には山あり谷ありで、時には病気や怪我、存在証明が困難に成ったり、失恋したり、不合格に成って思い通りの人生を歩めないことも有るでしょう。
人は自分の「生きた証」が得られ無く成った時に、行為・行動
を異形化させて、新たな存在証明を得ようと足掻く為に、人間
関係に齟齬を来たし、様々なトラブルを生じさせる場合、私は
その状態を「存在証明不全症候群」と呼びます。
例：失恋→片思い→ストーカー→・・・ミタイな</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buginnose70goal</link>
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		<item>
			<title>否定的言語環境が齎す自己の異形化</title>
			<description>不幸にして、長年に亘って影響を受け続けた負の生育環境、就中、否定的言語環境&lt;br /&gt;
が、自己に対して、如何に恐ろしい異形化を齎すかを知る人は案外少ないのだ。&lt;br /&gt;
私は犯罪や自殺、精神異常、その他、諸々の社会的逸脱行動が、両親をは&lt;br /&gt;
じめ、身の回りの人間から長期に渡って受け続けた否定的言語（否定語及び命令語）&lt;br /&gt;
によって、非常に大きく、而も深刻な影響が「自己」に齎された結果であると考え&lt;br /&gt;
て居ります。&lt;br /&gt;
ここで、聊か唐突ですが、「宮崎　勤」や「宅間　守」や「小林　薫」の如き、あ&lt;br /&gt;
の様な恐ろしい犯罪を行う「自己」とは、一体どんなものかと、広辞苑で「自己」&lt;br /&gt;
を引いて見ました。曰く、「自分自身のこと」と、実に簡単明瞭に書かれていまし&lt;br /&gt;
た。これでは、現代という恐ろしい時代にそぐわない説明だなぁと思いました。&lt;br /&gt;
そこでまた講談社の日本語大辞典で同じく「自己」を引いて見ました。&lt;br /&gt;
「個体としての統一体で、他と区別するわれ」と、ちょっぴりアカデミックで美味&lt;br /&gt;
しそうな解説で、ヨッシャと一瞬思ったのですが、矢張りぴったり来ませんね。&lt;br /&gt;
何れにせよ、これらは恐ろしい凶悪事件が多発する「今」にバッチリの解説では無&lt;br /&gt;
いなぁというのが私めの感想です。&lt;br /&gt;
事件が発生する度に、テレビに厳かにお出ましに成るられる精神医学の学者や犯罪&lt;br /&gt;
心理学の大家の机の上に必ず鎮座ましましているのが、「自分自身のこと」解説の&lt;br /&gt;
広辞苑です。そして、それらの大先生たちは事案発生の度に、事件の分析と犯人の&lt;br /&gt;
心理分析に関して、防犯の為の、有り難い「ご託宣」を垂れ給うのですが、事件は&lt;br /&gt;
次第に凶悪化し、更に若年化して行き、益々多発の傾向にあります。&lt;br /&gt;
難しい抽象的な分析の言辞の数々が防犯の役目を果たさないのは、ご存知の通りで&lt;br /&gt;
す。犯罪を犯すかも知れない人たちや、その家族の人たちが、理解し、その性格を&lt;br /&gt;
矯正できる、謂わば、咬んで含める様な優しい解説が必要でしょう。&lt;br /&gt;
そこで私は「自己」を生物学でいうところの「細胞」に準えて、単純明解&lt;br /&gt;
に簡略化し、模式図化して、自己核と自己核防衛層の二つの部分から成り立ってい&lt;br /&gt;
ると考えることにしました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buginnose70goal/13635.html</link>
			<pubDate>Sun, 12 Nov 2006 06:17:40 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>何故、人は自己の存在証明を必要とするのか</title>
			<description>人の命は限りが有ります。何時かは死ぬ運命に有ります。&lt;br /&gt;
命は、屡、蝋燭の灯火に喩えられます。経時的に蝋燭は短く成り、&lt;br /&gt;
最後は、燃え尽きて消えて仕舞います。&lt;br /&gt;
人は例外なく自己存在が消滅する事を知っては居ますが、普段は&lt;br /&gt;
無意識の奥底に潜在化させて、恰も忘却して仕舞っているかの如&lt;br /&gt;
くに振舞っています。&lt;br /&gt;
人間の生活が常に安全であるとは限りません。一歩ドアの外に出&lt;br /&gt;
れば、いつ交通事故に遭遇するか解りません。&lt;br /&gt;
誰もが一度は経験する筈ですが、危機一髪で、もう少しのところ&lt;br /&gt;
で、死ぬところだった・・・という経験有るでしょう。&lt;br /&gt;
そんな時に、心臓が早鐘の様に鼓動を打ち、死の恐怖を一瞬感じ&lt;br /&gt;
た事あると思います。&lt;br /&gt;
死を意識する瞬間ですね。前述しました様に、死の恐怖は心の奥&lt;br /&gt;
底に押し遣って、忘れた振りをしているだけなのです。&lt;br /&gt;
人は常に自分が今将に生きているという事を確認する作業を必要&lt;br /&gt;
とするのです。死ぬ恐怖がいつでも鎌首を上げるべく、スタンバ&lt;br /&gt;
イしていますから、絶えずそれを押さえ込んで置かねば成らない&lt;br /&gt;
のです。ですから、人は自己の存在証明を常に求め続けなくけれ&lt;br /&gt;
ば成らないのです。搭乗している飛行機が墜落しそうに成った時&lt;br /&gt;
に、メモ用紙に、書置きというか、遺言めいた文言を走り書きを&lt;br /&gt;
残したり、ガンの告知を受け、余命幾許も無いと解った時に、遺&lt;br /&gt;
言書を認めるでしょう。或は、犯罪の被害に遭い、死に瀕した時&lt;br /&gt;
に、血糊で壁や床に何かを書き残そうとするでしょう。&lt;br /&gt;
また、断末魔の叫びも、実は命を消したく無い気持ちの表れで、&lt;br /&gt;
何れも自己の存在証明行為なのです。&lt;br /&gt;
「生きた証」を求めるのは凡ゆる存在が儚いもので有り、いつ消&lt;br /&gt;
えても不思議ではないものであると言う事を知っているからなの&lt;br /&gt;
です。だからこそ、私たちは日々、そして刻一刻、自己の存在証&lt;br /&gt;
明を必要としているのです。&lt;br /&gt;
私たちの行為・行動で存在証明に関係しないものは有りません。&lt;br /&gt;
一挙手・一投足そして一言一句が、全て、自己の存在証明に繋が&lt;br /&gt;
っているか、或はそのものであるのです。&lt;br /&gt;
ところが、存在証明が常に成立するとは限らないのです。&lt;br /&gt;
町で出会った可愛い娘チャンに一目惚れしたのはいいが、ラブレ&lt;br /&gt;
ターを送るも、相手にされない。愛しさ・恋しさは募るばかりで&lt;br /&gt;
・・・いつの間にか、彼女の家の前に立っていて、彼女やその家&lt;br /&gt;
人に気持ち悪がられて、パトカーを呼ばれたり、最後には、スト&lt;br /&gt;
ーカー犯にされて仕舞い、連行されちゃった・・・・・これは&lt;br /&gt;
彼女の彼氏という存在であることを証明できずに、何が何でも&lt;br /&gt;
思いを遂げたいと頑張っている内に、気がつけば自己をストーカ&lt;br /&gt;
ーなる存在に異形化して仕舞い、自他共に困った事態に陥る・・&lt;br /&gt;
・・・そんな状況を、私（阿部）は「存在証明不全症候群」と呼&lt;br /&gt;
んでいます。これは、私めの独断と偏見に基く、実に勝手な捏造&lt;br /&gt;
語なので、心理学辞典にも精神分析の本にも載っていませんので&lt;br /&gt;
予めご承知置き下さいませ。&lt;br /&gt;
この「存在証明不全症候群」は、時代が進めば進むほど、益々&lt;br /&gt;
増えて行く様な気がします。&lt;br /&gt;
次第に自己の存在感が希薄化して行き、「生きた証」を求めよう&lt;br /&gt;
としても、それが叶わ無い事が多くなり、そんな時ルールを無視&lt;br /&gt;
してでも、存在感の濃密化を図るべく、自己の存在様態を著しく&lt;br /&gt;
異形化させたものが「犯罪」と呼ばれるものなのです。&lt;br /&gt;
その意味で、犯罪も、実は「存在証明行為」なのです。&lt;br /&gt;
ある男がある女を好きに成り、自分のものにしたいと思う時に、&lt;br /&gt;
ルールに則り結婚するという方法が有ります。これは相思相愛&lt;br /&gt;
という前提が有って成立するものです。しかし、こちらが好きに&lt;br /&gt;
成っても、相手が嫌つた場合には、関係は成立しません。&lt;br /&gt;
そうなると、好きな彼女の恋人なり夫なりと云う「存在」である&lt;br /&gt;
事が証明出来ません。それでも彼女が自分の「もの」であること&lt;br /&gt;
を証明するためには、「レイプ犯」という甚だしく異形化した&lt;br /&gt;
「自己」に存在様態をせざるを得ないのでしょう。突飛な事例&lt;br /&gt;
で申し訳ありません。&lt;br /&gt;
別の例を挙げますれば、ブス女が好きなイケメン男の彼女に成り&lt;br /&gt;
たいと願えども、それが叶わず、思いが募り、我慢が出来ず、&lt;br /&gt;
美容整形で仮性美人にメタモルフォーゼして、思いを遂げよう&lt;br /&gt;
とする場合、典型的な「存在様態の異形化」と呼べるでしょう。&lt;br /&gt;
更に、その費用を捻出するために、風俗に身を沈めたら・・・&lt;br /&gt;
それも又、存在様態の異形化と呼べるでしょう。&lt;br /&gt;
その他、「存在証明不全症候群」は世の中には様々な形で蔓延&lt;br /&gt;
しています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buginnose70goal/12581.html</link>
			<pubDate>Sat, 11 Nov 2006 23:49:12 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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