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ボクが一番本を読んだ時期。 ひとが紡ぎ出した言葉が自然と自分の中に溶け込んでは反応し、 化学変化した全く何か違うものが生まれてくるような気がしていた。 自分の中で蠢く感情や思考が思想や主義になり、 そこにあるのは自分の言葉なのだと思うようになってた。 自分の言葉があるのだから物語を書くことはできる。 子供じみた安直な考えだが、あの頃はそれだけで確信めいて胸が高鳴った。 そんなボクを一番初めに絶望の淵に追いやってくれたのは、藤原さんの「テロリストのパラソル」だった。 ミステリーは未だにほとんど読まない。トリック暴きも犯人探しも興味がない。 犯罪心理というものも、恐怖の疑似体験のようなものも、 「楽しむ」という性質のものとは大きく違う気がし敬遠している。 本当に偶然だった。きっと直木賞を受賞しさらに増刷された後だったら、 ボクの性格から考えて、この本を手にすることはなかっただろう。 淡々と流れるストーリーは時計の振り子みたいで、止まることなく抜け出す間もない。 あっちで鮮明な情景の中に登場人物のシルエットが浮かび上がったと思えば、こっちでは登場人物が皺1本までくっきりと顔をだす。 アンダーグラウンドの特異な設定で必然と彼らは個性を帯びているのだがあざとくなく息衝いている。 感情を外した文章はボクを振り回すことも拒むこともなく青白い炎を灯している。 物語のなかに漂うのは血生臭さとは大きくかけ離れた人間臭いユーモアだ。 読み終えたあとはただただ圧せられた。 こういったものが自分に書けるか? そう幾度も自問し、幾度となく失望したものだった。 ユーモアとは何だろう。 「生きる知恵だ」というひとがいる。 若輩者のボクもコレを手に入れたいのだが、横着しているせいか遠のく一方のような気がします。 あとどのくらいなのか、どうすればなのかもわかりませんが、 お会いするときまでには何とかしておきたいと思います。 |

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「テロリストのパラソル」私も読みました。大夫..前に。ちょうど、あの作者が過ごした年代と同じだったもので..住んだ世界は全く違ったけれど。気持ちがわかる、と言うか、同胞だと思いながら。平和の中から生まれるものは、やはり、愚かさ、かしら。「こうのとりポスト」みたいな。時間をかけて、考えて下さい。きっといい方向に行くと思うから。
2007/5/17(木) 午後 10:20 [ suh*ra5* ]
はじめまして☆同年代ですか。。。ボクまだ生まれてません^^;でも、フィクションとして素直に読んだせいか、ギャップみたいなものは感じませんでした。(。。。数年後ドロップアウトも経験しましたし^^;)平和であることが死の衝動のようなものの受け皿がないように感じますが・・・・
2007/5/18(金) 午後 8:03