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銭稲孫の事

 昨日のブログで、目加田誠先生と今関天彭翁が銭稲孫の家で出あったのは何時の事か、と書いたが、その後、目加田先生の「銭稲孫先生のこと」(『目加田誠著作集』第八巻『中国文学随想集』)を読みなおしたところ、「昭和八、九年のころ、チエン氏の邸に一年あまりやっかいになった」とあった。従ってお二人の
遭遇も、この頃であった、という事になる。これ以上、時期を詰めるのは、無理であろう。

 銭稲孫は著名な人物で、その経歴や著述はよく知られているが、私は遥か後の世代でその逸話など知る由も無い筈であるのに、日本人としては多分、ほかに誰も知らないだろうと思われる銭稲孫逸話を知っている。大した事ではないが、語っておこう。これは、私が日本のゆまに書房から刊行してもらった『中日漢語対比辞典』の編者張叔榮女史から聞いた話だ。女史は、私が昭和六十年に北京外国語学院(一外分院)に滞
在していた際、日本語の教師をしており、七、八歳、年下であったろう。何かのきっかけで、私が銭稲孫の
事を持ち出すと、「私はその人を知っていた」と言う。驚いて問い質すと、女史は子供の頃、西城区に住ん
でいたが、近所に銭稲孫の家があって、よくその散歩する姿を見かけた、と言う。「どんな感じでした」と
尋ねると、「でっぷり太って、ゆったりした感じだった」という返事だった、と思う。然もあろう、いかにも晩年の銭稲孫は、そんな感じだったでしょう。確か堤留吉先生の随想集だったかで見た銭稲孫の写真も、そんな感じだった。
 この銭稲孫は、文革の際、「抄家」に遭って、痛ましい最後を遂げたらしい。張さんは、確か「chao jia」と発音した。その発音を私は今でも覚えている。「抄家滅門」とは、家財が没収され、一族が根絶やしされる、という意味だ。つまり、紅衛兵に踏み込まれて、なぶり殺しされたらしい。そうだったかも知れない。日本の狂言を元曲の様式と文体をもって中国語に翻訳するという、日本古典と中国古典の両方に精通する、あの最高の文人的教養を備えた人物が、何も知らない若者になぶられる。文革の一面は、そういう物だったろう。私は張さんの話を聞いて、暫し黯然としたものだっつた。

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先生のブログを拝読してから銭稲孫のことを調べてみました。今まで名前しか知らなかった人です。銭氏は中国ではじめて『万葉集』と『源氏物語』(未完成)を訳した人で、同時にイタリアのダンテの『神曲』をはじめて漢訳した人だそうです。しかも『神曲』の訳は、『楚辞』にならって離騒体で訳したそうです。また西鶴の訳文は明清白話小説の妙を具えているといわれています。まさしく先生のいう所の「日本古典と中国古典の両方に精通」した人ですね。当時所謂「汪偽政権」において北京大学の学長をつとめたので、文革の際、「何も知らない若者になぶられ」たわけです。同時代の周作人も、当時偽北京大学文学院院長をつとめたので、悲惨な最期でした。今でも学者など少数派を除いて、周作人の文学価値を認める人は少ないでしょう。むしろ、「漢奸」である以上、文学どころか、人格に問題のある人は彼の文字も見る価値はないだろうという、半世紀以来の中国教育之怪現状と言えましょう。先生は暫し黯然となさいましたが、中国人のひとは、如何に感情を動かしたらよいのでしょうか。複雑でしかたがありません。

2009/10/13(火) 午後 5:48 [ 谷田 ]

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前のコメントで「人格に問題のある」と書きましたが、その時代は「政治の立場」イコール「人格」であるという時代であったから、そういえるのではないでしょうか。「青崖が正月の筆始めとして安東県の辻札に書きそめる文章」は「怪しからん、侵略者の独りよがりだ」と批判する前に、まず自分の国のことを整理したほうがよろしいと存じます。文章より政治を優先する中国では、ますます文学の声が聞こえなくなり、空前の時代になりつつあります。泣きます。

2009/10/13(火) 午後 5:58 [ 谷田 ]

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露にやつるゝ夏の蟲。おのが妻戀。
やさしやすしや。あちへ飛びつれ。こちへ飛びつれ。あちや東風ひた。
羽と羽とを袷の袖の染めた模樣を花かとて、肩に止ればおのづから。紋に揚羽の超泉寺。

露華濃、夏虫清痩;情真処、配偶相求。好不俊俏也風流!
粉蝶儿双飛双逗、這搭那搭、旖旎温柔;東風里、翩翩悠悠。
人家彩染的春衫袖、却当作花枝招誘;
並起双翅、悄立上肩頭、恰好似、仙蝶家紋天生就。

『曽根崎心中』の銭稲孫訳の一部です。
インターネットで中国語の訳文が見つかり、日研データーベースで原文に当たってみたのです。政治と文学との話よりは、こちらのほうが何万倍も面白いです。詰まった心も、これで暫し解放されてすっきりできました。

2009/10/13(火) 午後 6:45 [ 谷田 ]

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こうなると翻訳のまた翻訳が必要ですね。この場合、やはり無理にでも訓読の。
露の華は濃く、夏虫は清く痩す。
情真なる処(とき)、配偶を相求む。好不(はなはだ)俊?運にして也(ま)た風流なり。・・・
とか。

2009/10/14(水) 午前 7:24 [ buk*u*007 ]

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確かにそうですね。笑。銭氏の訳も古典となっているので、中国人でも現代語訳が必要になるのでしょう。もちろん、読む人がいるかどうかの問題もありますが。。。

2009/10/16(金) 午後 8:40 [ 谷田 ]


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