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倉石武四郎先生というのは、一言で言えば、非常の人、だね。私は、学部四年の時に先生の中国文学史2を履修し、院に進んで中国語をやり出してからは、飯田橋の善隣会館に在った先生の仕事部屋で行われた『聊斎志異』の中国音の会読に参加したけれど、今思えば、つくづくこの形容が当てはまる御仁だ。
善隣会館に向かう道に入ると、前方に先生が仕事されてる姿が見える。まだクーラーが普及しない頃の暑い夏の事だから、窓を開け放って机上の本に眼をやられているのだが、一階であるので、丁度、目線の先にそのお顔が見えるのである。当方は、先生がこちらを少しも見ないので、安心して暫くそのお顔を眺めながら進むのであるが、その間、先生は全く当方に眼もくれないのだ。という事は、じろじろ見られていても平気だ、という事になる。要するに、通行人などは全く気になさらないのだ。私は、そんな真似はできないね。道を誰かが通れば、必ず顔を挙げるだろうし、第一、人に見られるのが厭だから、当方の座っている方に窓を引いて姿を遮断するけどね。ともかく、そのように自分の方に向かって進んで来る人を少しも気になさらないのが先ず異常だ。それは集中力が普通じゃあない、という事なんだろう。
善隣会館の中に入る。蒸し暑い中を何かが匂ってくる。帙入りの唐本の匂いだという事が分かる。「書香」というやつだ。唐本が異常に集積していなければ、あんな匂いはしない。個人でそれほど唐本をお持ちだ、という事が普通ではない。それらの漢籍は、整然と書架に配列されていたようだけど。後年に、東京大学東洋文化研究所にはいった倉石文庫を目の当たりに目睹して驚いた。個人であれだけ多く、あれだけ良質の唐本をお持ちだったなんて信じ難い。第一、その購入の費用は、どうやって捻出なされたのか。それとも、祖父?迂窩先生以来の蔵書が基盤に在ったのだろうか。先生は、あまり書誌学的な事や蔵書趣味というような事をおっしゃらなかっつた、と思うが、それなのにあれだけの蔵書を形成なされていたのは、尋常ではない。
会読になる。その本の読み方がまた異常だ。「画皮」なんてやったのを覚えているが、七十歳に近い頃だったのに、発音が非常に正確で綺麗だ。そして、その解釈がまた正確なのは勿論、異様に精細なのである。特に助辞のニュアンスの捉え方が細かい。訓読では「すなわち」と一律に読むが、そのニュアンスは「即ち」「則ち」「乃ち」「輒ち」では、それぞれ異なる。そういう点を非常に微妙に正確に解説なされる。あるいは受講生に考えさせるのである。そういう講読は、私には始めての経験で、後年に宇野明霞の特殊な訓読法に就いての論文を書く際に随分役立ったね。
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こまかい助辞のニュアンスはたしかに理解するのが難しいと思います。そういった知識などを、このブログでも公開していただければうれしく思います。
2009/10/2(金) 午前 9:11 [ マルオ ]