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母夜叉孫二娘
吁嗟母夜叉 吁嗟(ああ) 母夜叉
聞名無敢譁 名を聞きて 敢て譁(かまびす)しくする無かれ
不為獅子吼 獅子吼を為さずして
而類鳩盤荼 而して鳩盤荼(くはんだ。老婆)に類す
ああ、母夜叉とは、まがまがしい仇名だ。
だが、その仇名を聞いても、騒ぎなさるな。
夫を嫉妬で怒鳴ったりしないで、
かえって糟糠の妻のようだ。
獅子吼とは、この場合、妻が嫉妬してがみがみ罵る意です。孫二娘は、夫の張青とともに孟州十字坡で居酒屋を開き、その実、人肉饅頭を売る(第十七回)という、一見、鬼夜叉のように思われる女性ですが、一旦心を許し合うと、頼もしい味方となり、豪傑たちを助けます。そして、張青が戦死すると、遺骸を捜し出させて、荼毘に付します(第百十八回)。
鳩盤荼とは、元来は、恐ろしい妖怪の意でしたが、転じて四十、五十歳(今ならば六十、七十歳)を越えても化粧をしている老女を言います。この場合は、年とった妻を言います。
この詩は、孫二娘を仇名には似ず、けなげな女と観ており、繍像もそれに応じて可愛い女性が描かれています。何と裁縫しているのです。これじゃ全く貞淑な世話女房ではありませんか。
我が『八犬伝』の毒婦船虫は、この孫二娘のキャラクターを取り入れたもので、大力の犬田小文吾を天敵として付け狙う所など孫二娘が魯智深を陥れる設定と共通するものがあります。しかも両女とも夫にはよく尽くす所なども共通しています。毒婦のようだが、どこかけなげな所がある女。馬琴は、そういう点を孫二娘に感じ取ったのでしょう。
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