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混江竜李俊
竜名混江 竜 混江と名づく 混江という名の竜は、
夫何志焉 夫れ何をか志す そもそも何を志しているのか。
是蓋不在田 是れ蓋し田に在らず たぶん田に居るものでは無いであろう、
不在天 天に在らず 天に居るものでも無かろう。
固宜其潜於淵 固より宜しく其の淵に潜むべし もともと淵に潜んでいるのが良いのだ。
李俊は、元来は、潯陽江で船頭をしていて、よく水の性質を知っていた人で、混江竜と仇名されていました(第三十六回)。梁山泊に上ってからは水軍の頭領となり(第五十五回)ました。宋江を尊敬していたが、その帰順の方針には反対で、費保に海外で活躍する路を勧められ、ついに暹羅国(シャム)へ渡り、その国主となりました(第百十九回)。
『水滸伝』の続書である『水滸後伝』(陳忱しん作)は、李俊たちが暹羅国へ渡ってからの活躍を書いた小説です。この作品も、やはり我が曲亭馬琴が深い関心を示し、享和二年(1802)に名古屋でその目録を写したりしています(『羈旅漫録』)が、源爲朝を主人公とした彼の名作『椿説弓張月』において、為朝が本土から琉球へ渡る構想には、この書の李俊渡海譚の影響がある、と言われています。
ともかく、李俊は、このように水や海に縁が深い人なので、この賛も、水の淵に潜むべき運命に在る事を指摘しているのです。また、繍像も釣り姿を描いていて、彼のキャラクターに良く合ったものになっています。なお、「竜在田」とか「在天」とか、または「潜於淵」などと言うのは、『易経』乾の「見竜田に在り」「飛竜天に在り」「或いは躍りて淵に在り」という句に基づくものです。
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