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小野湖山と鱸松塘 六

 嘉永元年(一八四八年、戊申 湖山 三十五歳)

 正月十三日、京都に上らんとして鈴木松塘(二十六歳)が江戸に寄り、湖山の俎橋の家に宿泊する。湖山の七古「鈴木彦之の京阪に遊ぶを送る」(『六名家詩鈔』三)の題注に、「彦之將に西遊せんとし、路を迂して府下に到り、余が俎橋の寓舎に宿す。明旦風雪快甚だし。因りて相携へて墨水に遊び、遂に新梅荘に抵り、棹月樓に飲す。酔中に数句を書して以て其の行を餞す。時に戊申の上元の前一日なり」と言う。

 正月十四日、雪の中を鈴木松塘とともに隅田川に遊び、向島の百花園に行き、棹月樓で送別の宴を張る。前条参照。湖山の詩は十種本『火後憶得詩』にも収まり、少しく異動があるが、『六名家詩鈔』本の本文を次に掲げる。

  有客有客千里来  客有り 客有り 千里より来り
  一夜灯前酔話別  一夜 灯前 酔ひて別れを話す
  朝窓晏起猶帯酲  朝窓 晏く起きれば 猶ほ酲を帯ぶ
  忽聴東風起春雪  忽ち聴く 東風 春雪を起こすを
  撥簾一笑興方剛  簾を撥げて 一笑し 興方に剛なり
  墨水舟遊計立決  墨水の舟遊 計立ちどころに決す
  茶榼筆牀何曾携  茶榼 筆牀 何ぞ曾て携へん
  買屐借蓑事怱卒  屐を買ひ 蓑を借る 事怱卒
  席大雪片乱入舟  席大にして 雪片 乱れて舟に入り
  衣上有花且不払  衣上に花有るも 且つ払はず
  指顧両㟁幾樓臺  指顧す 両㟁の幾樓臺
  宛然三山白銀闕  宛然たり 三山の白銀闕
  何況野梅十分開  何ぞ況や 野梅の十分に開き
  嬋妍相依競奇絶  嬋妍として 相依りて 奇絶を競ふをや
  何況江月一鏡明  何ぞ況や 江月 一鏡明らかに
  黄昏報晴迎佳節  黄昏 晴れを報じて 佳節を迎ふるをや
  艶歌可聴酒可飲  艶歌 聴くべく 酒飲むべし
  入春快意是第一  春に入りて 快意 是れ第一
  乗興子猷彼何意  興に乗ずる 子猷 彼何の意ぞ
  口説帰字未是達  口に帰字を説く 未だ是れ達ならず
  分離平生語多陳  分離 平生 語多くは陳
  天把妙景助詩筆  天 妙景を把りて 詩筆を助く
  明朝君去西入京  明朝 君去りて 西京に入る
  恐無痛快似此日  恐らくは痛快の此の日に似る無けん

 正月十七日頃(『安房先賢偉人伝』「鱸松塘」三八五頁)、梁川星巌に会うべく京都へ向けて立つ鈴木松塘に七絶「彦之西上す、其の意実に星巌老師を省するに在り、因りて一絶を賦して、以て前詩の缺を補ふ」(『六名家詩鈔』三)を与える。この詩も別集に収められていないであろうから、次に掲げておく。

  去年千里送師帰  去年 千里 師の帰るを送り
  千里今年去省師  千里 今年 去りて師を省す
  吾党平生情義厚  吾が党 平生 情義の厚き
  彦之之外更為誰  彦之の外 更に誰と為す

  去年には遥か遠く星巌先生が帰られるのを送り、
  今年も遥か遠く先生を見舞いに行く。
  玉池吟社は普段から情誼に厚いのだが、
  彦之のほかに誰がかくも厚いだろうか、彦之が一番だ。

  (未完)


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