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 八木書店から刊行されました。

    序
 合巻というのは、毎葉に絵を備え、その絵は中本型の枠内全面に描かれていて、その合間に本文が書き入れられている、という体裁の小説である。一見したところ絵が中心で本文が従という、婦女子向きの読み物であった。その上、色刷りの表紙や口絵などの装丁も、如何にも大名のお姫様などが喜ぶように瀟洒美麗に造本されている。しかし、その字体は小さくて、殆どが平仮名なので、筆者などには読みやすいものではない。だから、江戸の人々も実際には本文をあまり精読する事は無く、装丁や絵ばかりを眺めていて、筋は大づかみに把握する程度で済ませていたのではないか、と半畳を入れてみたくもなる。
 このように造本に凝る読み物は、近代になると一般に普及させる事が難しかった。つまり口絵・挿絵を全丁に入れ、しかも彩色まで出し、本文を適宜校訂した上で挿絵の間の該当箇所に当てる、という作業は経費も手間もかかるからである。だから、博文館が明治・昭和の二度にわたって刊行した帝国文庫などでは、絵を省いて本文だけが組まれていた。それでは筋をつかむ事はできても、合巻特有の装丁や絵を楽しむ、という魅力は失われてしまう。そんな訳で、活字本で合巻を読む気にも、あまりなれない。できるだけ初刷りに近くて、装丁や挿画が刊行当初の面影を残している版本を求めて読むのが望ましい。しかし、そんな費用も手間もかかる読み方は、一般読者は勿論、研究者にもなかなかできない。という訳で、合巻というものは、甚だ研究が遅れているジャンルであった。
 近年は印刷技術が進み、合巻の初刷り本の面影をかなり忠実に出せるようになった。だから、山東京伝の合巻や柳亭種彦の『債紫田舎源氏』などが、原版本の面影を残しつつ読みやすい形で刊行されるようになったのである。それと並行して、京伝・種彦、また式亭三馬や山東京山などの合巻に着手する研究者も現れてきた。
 しかし、読本の大御所でもある曲亭馬琴の草双紙、特に長編合巻を研究する者は殆どいなかった。馬琴の場合は、粉本に中国白話小説を用いる事多く、それらの粉本を特定し、それらと比較考量しつつ読まなければ、彼の作意を正しく把握する事はできないからである。しかも、『傾城水滸伝』や『新編金瓶梅』の藍本である『水滸伝』や『金瓶梅』にしても、『金比羅船利生樽』の粉本『西遊記』にしても、相当な長編であり、翻訳で読むだけでも容易なことではない。況や原文で読むにおいてをや。
 かような訳で、馬琴の合巻を研究するのは難事なのであるが、ここに神田正行君が現れて、馬琴の長編合巻と中国白話小説の関係を研究する事となった。研究人口が増えた現在の日本近世文学会でも、この方面の研究者は君一人である、と断言しても良いであろう。
 私が近世の小説と中国白話小説との関係を研究しだしたのは、もう四十年以上も前の事で、当時は白話小説の本文は、台湾や香港で刊行された、細字がびっしり詰まったものしか無く、また白話を知るための辞書もあまり刊行されていなかったので、決して研究がしやすい環境では無かった。しかし現在は中国などから良質の本文がふんだんに提供され、書目・辞書などの工具書も格段に進歩して、研究環境は大いに整備された。神田君は、そうした恵まれた環境を十分に利用して、『金蘭筏』や『両交婚伝』『隔簾花影』など、往時の私には閲覧しにくかった作品をも容易に見る事がかない、それらと馬琴合巻との関係という、新しい成果を獲得する事ができた。
 ただし、神田君の三十代は日本経済の緊縮時代であり、それに応じて大学教員採用の途も狭められ、君も大学院を修了した後、就職面においては暫く苦労している。その苦労期間にも研究は継続されて、このたび成果が刊行される運びとなった。
 私が君と知りあったのは、慶応義塾大学の大学院に出講して、少人数で田中大壮の『世説講義』や都賀庭鐘の『四鳴蝉』などを読んで以来の事である。私は馬琴の『新編金瓶梅』が様々な問題を含む作品であろうと予測して、君にその研究を慫慂した事もあったらしい。君がそれを真に受けて、見られる如き成果をまとめたのは学界の慶事であるが、こちらはそんな事はすっかり忘れていて、最近君に指摘されて赤面した次第である。縁あって、私と君とは勤務先で同僚となる事ができたが、その勤務先には、所属学部は異なるが、馬琴研究の稀少な先達である水野稔氏がおられた。氏の貴重な合巻類は勤務先の図書館に残されており、君は名実ともに氏の研究の後を承ける位置に在る。それも何かの縁かも知れない。
 かようにして、君は今や研究環境においてほぼ欠ける所の無い場に在る。この著書には、外にも馬琴の俳諧や考証に就いて、随筆・書翰などを縦横に利用した達成と、馬琴と『水滸伝』との関係に細かい所まで踏み込んだ成果が盛り込まれている。それは、柴田光彦氏と協力して『馬琴書翰集成』を完成させた君の努力が活かされたものといえよう。今後、更に君が研究環境を活かし、右の諸テーマを深め、ひいては他の分野まで研究領域を拡大するよう期待して已まない。

  平成二十三年一月十四日 和泉校舎研究室に於いて    明治大学教授 徳田 武


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