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今日から国立劇場で、開場四十五周年記念として上演される「開幕驚奇復讐譚(あだうちものがたり)」の公演パンフレットに書いたものです。
『開巻驚奇侠客伝』の主人公
徳田 武
今回の上演題目の「開幕驚奇復讐譚(かいまくきょうきあだうちものがたり)」は、原作である曲亭馬琴の『開巻驚(かいかんきょう)奇(き)侠客伝(きょうかくでん)』(天保三年―六年刊)をもじったものでしょう。侠客伝と聞くと、多くの人々は、清水次郎長や国定忠治のような任侠の徒(博徒)の伝を集めたものか、と思うでしょう。が、馬琴が意味させているものは、そうではありません。滅亡した南朝を再興するために武門の権力悪を懲らしめる痛快な人物。そのような者を侠客と呼ぶのです。弱きを助け強きを挫く、という点では、普通の任侠の徒が目指すものと共通していますが、馬琴の場合は、政治的な次元において謂うのです。
具体的に述べましょう。『侠客伝』の主人公は、館(たての)小(こ)六(ろく)と楠姑摩(こま)姫(ひめ)という男女です。館小六は、南朝の遺臣脇屋義(よし)隆(たか)(新田義貞の弟脇屋義助の嫡孫)の子であり、姑摩姫は、姓が語るように楠正元(楠正成の曽孫)の娘と設定されています。小六は、神女九六媛(くろくひめ)から皇室をないがしろにする足利氏の悪を説諭され、憤激します(第十四回)。姑摩姫は姑摩姫で、足利義満の専横を憎んで、これを暗殺する(第二十三回)、と作られています。つまり、権力悪をほしいままにする武門とは足利将軍家なのですが、両主人公は、この足利将軍家に対して、それぞれの父祖である新田義貞と楠正成の無念を晴らすために復讐を図るのです。という訳で、『侠客伝』は、歴史上、不遇に終わった人物の怨念を晴らす、という作品です。言い換えれば、正義が必ずしも報いられないという歴史の欠陥を小説という虚構に拠って是正する、という作品です。
主人公が若い男女である、という事は、当然に二人の間にロマンスがあるのではないか、と予想させましょう。現に、姑摩姫は、九六媛から「新田の余類と宿縁あり、苦楽を倶にすべし」(第二十三回)と、将来、小六と夫婦となるべき事を予言されています。第四十回の末尾にも、「作者云ふ、姑摩姫、小六と邂逅の腹稿は、看官(読者)必ず懽(よろこ)ぶべき、本伝第一の関目なり」と、両主人公の出会いは読者が最も喜ぶはずの、本作第一の山場だ、と馬琴自身が注記しています。そのように馬琴の構想では両人の出会いと結び付きとを描く予定であったのですが、彼は読者の気を持たせる積りであったのか、第四十回に至るもまだ両人は出会わず、その内に彼と板元(はんもと)(出版社)河内屋茂兵衛との間に意見の食い違いが起こり、『侠客伝』は絶筆されてしまいました。かくて、両人のロマンスは永遠に見られなくなってしまいました。国学者の萩原広道は、馬琴の愛読者で、彼は巧みに馬琴の用語や文体を模して、第四十一回から第五十回までを続作刊行しましたが、やはり両主人公の出会いまでには至りませんでした。
この絶筆を非常に残念に思ったのが後の逍遙こと坪内雄蔵少年です。少年時代の彼は、馬琴の大フアンであって、尾張名古屋に在って、当時、日本最大の貸本屋と言われた大野屋惣八(大惣(だいそう))から馬琴の読本(よみほん)を次から次へと借り出して読み耽っていましたが、『侠客伝』の第四十一回以降は、いつまで待っても店に入りません。両人の出会いが描かれているであろう「その続きが見たくてたまらず、知る筈のない大惣の番頭に質問を掛けたり、催促をして弱らせたことが何十度あったか知れない」(「新旧過渡期の回想」)と回顧しています。今でも書店の店員が小説フアンに「あの作品は何時出るの」と尋ねられても困る場合があるでしょうが、まして情報の伝達が遅い江戸時代の貸本屋の番頭がそんな穿った事を尋ねられても返答できる筈は無く、「またか、あの小僧にも弱ったものだ」と苦笑を浮かべていたのではないでしょうか。そこで、たまらなくなった雄蔵少年は、「楠氏や新田氏の曾孫とか玄孫とかいうものを主人公にでっち上げた小説めいたものを・・・五枚や十枚は、・・・ぬたくって見たこともあった」(「曲亭馬琴」)と、『侠客伝』の続作を試作してみた事もあったようです。その当時は、それほどに両主人公の存在は、読者をわくわくさせたのです。
そこで、この度の脚本と上演では、両主人公の出会いがどのように扱われているのかが見物です。私の勝手な予想では、気丈とはいってもやはりうら若き女性で、姑摩姫が危機に落ち入り、あわやとなる、そこに小六が現れてこれを救い、両人は抱き合うか、または手を取り合うかする、「待ってました。いよっ、御両人」、という場面になるのではないか、と思いますが、こればかりは「開幕」されてみないと分かりません。ともかく、何らかの出会いがあるのではないかと楽しみにしていますが、もし、そのような場面があるとすれば、それは雄蔵少年の試みを現代において実行したもの、という意義を持つことになります。文学史に燦然と輝く『小説神髄』下巻「主人公の設置」などにおいても『侠客伝』の両主人公の設け方を取り上げた坪内逍遙先生が、もし今の世におわせられて、この舞台を観るならば、上機嫌で満足されるのではないでしょうか。ちなみに逍遙が、『小説神髄』で両主人公のことを男(を)本尊、女(め)本尊と称しているのも、面白い事と思われます。本尊とは、まるで仏様のようで、随分と主人公を崇めた言い方ですね。い
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