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  ○『江戸風雅』第十号編集後記

 私的な事で恐縮であるが、私は本年で古希を迎えた。また、四十一年お世話になった明治大学を定年退職することになる。とすれば、本号は、古希および定年退職記念号ということになる。恰かも好し、本誌は第十号に到った。個人雑誌に等しい本誌がここまで継続したのも、会員諸氏と読者諸賢のお蔭であるが、一方では粘りをも必要とする。嗚呼、何物の迂拙男児ぞ、私には粘ることしか自分を活かしていく途が無い。体と精神と資金が続く限りは本誌を継続して行きたいと思うのだが。皆様の一層の御支援をお願いする次第です。
 徳田武「広瀬旭荘『日間瑣事備忘』の顕彰―亀谷省軒・牧野藻洲・西村天囚に於けるー」は、今でこそ有名になった『備忘』が、亀谷省軒によって初めてその価値が認められ、ついで牧野藻洲や西村天囚によって顕彰が継続されてゆく様相を展望したものである。その際、省軒に関しては、あまり伝が知られていないので、旭荘との交渉が細大漏らさず分かるように『備忘』から関連記事を網羅して、それを訳し解説することに務めた。また、その時期は、池内陶所が暗殺されるなど、幕末の物騒な盛りなのであるが、そうした世情が旭荘にどのような影響を与えているかを追尋した。
 徳田武「久坂玄瑞の『九仭日記』」は、玄瑞の安政六年、二十歳の漢文日記を読み解き、幕末の志士の内では有数の勉強家である彼の読書傾向と思想の形成過程、および師の吉田松陰との交渉の在り様を探ったものである。和臭が少なくない、その漢文は、かつて『吉田松陰全集』別巻(昭和四十七年、大和書房版)に読み下されていたが、その読みには誤りも散見するので、できるだけそれを正した積りである。また、この日記を読むためには玄瑞の伝記上の知識を知っておく必要があるので、取りあえず必要な予備知識を年譜の形式で記しておいた。但し、まだ未完成の形であることを了承されたい。
 小財陽平・長田和也「『江上漁吟』(品川竹枝)評釈(下)」は、前号につづいて、『江上
漁吟』第二十一首から三十五首に訳注を施したもの。品川では一番高い女郎が十匁の銀だ
ったことを踏まえた第三十首などは面白い。他にも、海に遊び観月を楽しむ品川の遊客の
様態がうかがえる作が収録されている。
 徳田武・神田正行の「曲亭馬琴『傾城水滸伝』第九編翻刻と影印」は、原作『水滸伝』の第四十回から第四十四回(通俗本中編・巻二十一)に至る部分の翻案である。前半は、春雨の大箱(原作の宋江に相当)の関東における厄難と救出、後半では、狼に母親を食い殺された力寿(原作の黒旋風李逵)の報仇が描かれる。とりわけ、大箱が還道村(かへさぢむら)の弁才天(九天玄女)から天書を授かる一段は、百八烈婦の正当性を保証する重要な筋立てである。
 今村孝治著、徳田武増訂「中島子玉」は、今村著『二豊人文志』(昭和十八年、朋文堂刊)に収められた、咸宜園の英才中島米華の伝記を、今の読者に読み易いように修訂したものである。その修訂で心がけたのは、所引の漢詩文にすべて訓読を添えたことである。とりわけ名高い「美人十二詠」は、なかなか難解な詩であり、まだ研究が為されていないものと思うが、その訓読は稀な試みではなかろうか。惜しむらくは、現代語訳を施すまでの時間的余裕を得なかったので、いずれ機会を改めて現代語訳なども行いたい。本文作成には、長田和也・山形彩美の協力を得た。巻末には、臼杵市の郷土史家である吉田稔氏の今村孝治に関する文章を、その御許可を得て付した。感謝致します。
  平成二十六年十一月十五日
                                    徳田 武

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