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    ○『江戸風雅』第十二号編集後記

 本号には七つの論文・エッセイ・翻刻影印を載せた。

 徳田武・山形彩美「蕪村の仮題「四季山水図」に対する疑問」は、『与謝蕪村―翔けめぐる創意』(miho museum)一四四・四五頁に掲載されている「四季山水図」の内、特に秋と冬の図の絵と賛とを取り上げ、両者の即応のありようを検討し、その結果、「秋」「冬」図は必ずしも秋と冬とを描いてはいない、とりわけ「冬」図は冬を描いたものとは到底認められない、従って「四季山水図」と題するのは不適当で、「山水四幅対」とでも称しておくのが妥当だ、と論じたもの。本論は、共同執筆の形を取っているが、どのようにして論文が作製されたのか、その過程は後記に示しておいた。

 徳田武「『南総里見八犬伝』解説」は、『注釈 南総里見八犬伝』(仮題。勉誠出版刊行予定)第一巻(第一回から第十回まで)の解説として執筆したものである。従って、第一回から第十回までが『八犬伝』全体の内でどのような役割を果たしているのか、という点に絞って、その位置づけを論じたものである。結論のみを言うならば、その部分は八犬士出現の「襯染」である、換言すれば、準備部分である、この準備部分が『水滸伝』に比べると異様に長いのが『八犬伝』の特徴である、というもの。ただ、この書の刊行は、注釈は出来ているのだが、校正などに問題があって、難航している。早期の刊行を庶幾している。

 郭穎「古の風雅偲びて江戸漢詩」は、中国の研究者が江戸漢詩や広瀬旭荘を研究するようになった経緯や、研究の間の思い出などを語ったエッセイである。郭穎女史は、厦門大学の日語系副教授であり、このたび創価大学に研究員として来られた由。『東瀛詩選』に就いて論考を物されていることは、ネットで瞥見したことがあるが、実際にはどのような方か知らなかった。それが、最近、神田神保町の漢籍を扱う古書肆で偶然に出会って、急遽、このエッセイを書いてもらう事になったのである。才媛であられることは、題名を発句調で付けている所や、古詩を作っている点に容易に窺える。日本人の漢詩に見られる「和臭」を、近頃では「和秀」と称して、むしろその特性を積極的に評価するという傾向が中国の研究者に存する、という話を、これも近ごろ国文学研究資料館のパーテイで初めて会った陳捷女史(これまた才媛)に窺って、嬉しく思っていたのだが、何とその語は、郭穎女史によって提唱されたのだ、という。江戸人や日本人の漢詩漢文が、こうして中国の妙齢の才媛によって研究されるようになったのは、非常に喜ばしいことだ。

 徳田武「広瀬旭荘と鈴木春山」(一)は、次の論文に扱う『在臆話記』に鈴木春山の名が出て来るので、嘗て読んだ『日間瑣事備忘』の春山伝の面白さを思い出し、それらを利用することにより、旭荘と春山の交友を明らかにしようとしたもの。だが、『備忘』の春山に関する記載は多く、それを読み解くのには意外と時間がかかって、今回は完結するまでに至らなかった。次号での終了を期している。これを書くために筆者は、白山の寂円寺に在る春山の墓を掃苔したが、ほぼ三十年前にもそこに来た事があるのを思い出し、感無量であった。

 徳田武「『在臆話記』の広瀬旭荘記事ー『日間瑣事備忘』の顕彰―」は、岡鹿門が『話記』に記した旭荘関係の情報を取り上げ、それが『備忘』の成立状況を善く説明し、その価値を早くも顕彰していることを解説した。また、『話記』の記載を『備忘』のそれと突き合わせることによって、『話記』の誤りを指摘する。『話記』に記された旭荘の詩を読み解いて、文久元年当時の旭荘の心境を明かすことをも試みる。更には『話記』の河野鉄兜と旭荘の交友の記事を補訂しもした。

 徳田武・長田和也・藤富史花・松葉友惟「文天祥の正気歌の変容と特徴―藤田東湖・国分青僂鳳けるー」は、元の文天祥の「正気歌」が日本の藤田東湖と国分青僂砲茲辰討匹里茲Δ房容され、再創作されたか、そして東湖と青僂虜遒砲呂匹里茲Δ米耽Гあるのか、そうした変容の原因は何であるのかを明らかにすべく、文天祥・東湖・青僂虜酩覆肪蹐伐鮗瓩鮖椶靴燭發里任△襦J古珪佑氾豸个虜遒砲蓮△修譴召貔莵垓叛咾あるが、青僂里修譴砲鰐気、初めての試みである。誰がどの部分を担当したかは、本文を参照されたい。勿論、徳田が全体に眼を通したが、なお、遺漏もあるであろう。

 徳田武・神田正行「『傾城水滸伝』第十一編 翻刻と影印」は、原作『水滸伝』の第四十九回から第五十二回(通俗本では中編巻二十三・二十四)を翻案した部分の翻刻と影印である。上帙四巻は、幸目・狩倉姉妹(原作の解珍・解宝に相当)の投獄から語り起こされ、照鷽(てりうそ。楽和に相当)に糾合された烈婦たちによる姉妹救出を経て、彼女らを加えた江鎮泊軍による祝部(はふりべ)庄討伐に至る。下帙では祝部陥落ののち、朱良井(朱仝)、次いで節柴(柴進)の厄難が語られる。
                               徳田 武
平成二十七年十月二十九日


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