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前回の、吉田松陰と鄭成功(一)の詩に十日ほど遡ります。
さて、平戸に五十日余り滞在した松陰は、ふたたび長崎に赴く。嘉永三年十一月六日、その地を出発し、河(か)内(わち)浦を右に見て過ぎ、楠(くす)泊(とまり)に泊まる。左の詩を詠じる。
船にて平戸を発す
夕陽開悼発平門 夕陽に 棹を開きて 平門を発す
俗客満船談語喧 俗客 船に満ちて 談語喧(かまびす)し
幾倚篷窓望河内 幾たびか篷(ほう)窓(そう)に倚りて 河内を望む
多情懐古与誰論 多情 懐古す 誰(たれ)とともにか論ぜん
夕日の頃、舟に乗り平戸を出発した。
舟いっぱいの旅人たちが喧しくしゃべりあっている。
何度も窓から河内浦を眺めて、
ここに生まれた英雄鄭成功を懐かしく偲ぶが、この情を誰に分ってもらえようか。
『全集』の注に、川内は平戸瀬戸に面した地で鄭成功出生の地として知られる、という。後述十一月十六日の条などに見るように、松陰は鄭成功を主人公とした演義小説『明清軍談国(こく)姓爺(せんや)忠義伝(ちゅうぎでん)』を熱心に読むのであるが、そうした鄭成功を偲ぶ情がこの時には既に生じていて、結句の懐古の対象は鄭成功の事であると考えられる。
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