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   嘉永三年十二月二十九日、七つ(午前四時頃)、吉田を発し、絵堂(えどう)(山口県美祢市(みね)美東(みとう)町絵堂)に至るまで馬上、これより歩行する。五つ半(午後九時頃)萩の家に帰着した。

吉田駅を発す 十二月二十九日

早発戴星鞭小騫  早発 星を戴き 小騫(しょうけん)に鞭つ
十旬羇旅思君恩  十(じゅう)旬(じゅん)の羇(き)旅(りょ) 君恩を思う
尚及新正朝賀否  尚お新(しん)正(せい)の朝賀に及ぶや否や
計比戌牌至柴門  計(はか)るに戌(じゅつ)牌(はい)の比(ころおい) 柴門(さいもん)に至らん

星がまだ光る早朝に出発し、小馬に鞭うつ。
百日間の旅游を得て、御主君の御恩をかたじけなく思う。
まだ正月の御年賀参上に間に合うだろうか。
おおよそ午後八時頃には我が家の質素な門に着くだろう。

 承句では「百旬」というが、実際には『全集』注三にも言うように、八月二十五日から十二月二十九日まで百二十数日にわたる旅であった。これだけの遊学期間を与えてくれた藩主に感謝せざるを得ないのである。


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