全体表示

[ リスト ]

 一方、象山は、九月十八日、松陰が出発に際して自分のもとに立ち寄った折に、松陰の健気な志に感じて、倉卒に彼を送る五言古詩を作って贈り、また松蔭に旅費の補助をねだられて、幾らかを与えた。その事は、翌安政元年四月二十七日、獄中に在った象山が松代藩の山寺常山及び三村晴山に与えた左記の書簡に、次のように回顧されていた。

(松蔭が)慨然として旅装を整え、少々の路費を無心し候につき、用だて遣し候。さて、つらつら存じ候は、此の九死一生の至難の義を当時の御為を存じ候えばとて、よくも速かに決心いたし候,健気なる若者にて候と感心に存じ、遂に詩も胸に浮び候故、一つには彼の志を賞し、一つには彼の心をますます堅くし候わん為に倉卒に認(したた)め遣わし候、其の詩、左の通りに候。

之子有霊骨  之(こ)の子(し) 霊(れい)骨(こつ)有り
久厭蹩躄群  久しく厭う 蹩躄(べつへき)の群(むれ)
奮衣萬里道  衣を奮う 萬里(ばんり)の道
心事未語人  心事 未だ人に語らず
雖則未語人  則(すなわ)ち未だ人に語らずと雖(いえど)も
忖度或有因  忖度(そんたく)すれば 或いは因有らん
送行出郭門  行(こう)を送りて 郭門を出ずれば
孤鶴横秋旻  孤鶴 秋旻(しゅうみん)に横たう
環海何茫々  環海(かんかい) 何ぞ茫々たる
五州自為隣  五州 自(おのず)から隣を為す
周流究形勢  周流して 形勢を究(きわ)めよ
一見超百聞  一見 百聞に超(こ)ゆ
智者貴投機  智者は 機に投ずるを貴(たっと)ぶ
帰来須及辰  帰来 須(すべか)らく辰(しん)に及ぶべし
不立非常功  非常の功を立てずんば
身後誰能賓  身後 誰(たれ)か能く賓(ひん)せん

〇韻字 群・人・因・旻・隣・聞・辰・賓(真部通押)

〇之子 この人。『詩経』によく見られる用法。その国風「桃夭(とうよう)」に「之(こ)の子(し)于(ゆ)き帰(とつ)ぐ」〇蹩躄 ゆっくり歩く様。〇奮衣 衣を払って塵を去る。遠く行く意。晋の左思の「詠史」第八首に「衣を振る千仞の岡に、足を濯う萬里の流れに」。〇孤鶴 孤独な松陰の姿の象徴。〇五州 アジア州・ヨーロッパ州・アフリカ州・アメリカ州・オセアニア州。〇一見の句 「百聞は一見に如かず」(『漢書』趙充国伝)に基づく。〇辰 良い時。〇賓 敬う意。

この人には優れた気骨が備わっており、
ぐずぐずしている連中をずっと嫌がっていた。
衣を払って遠い万里の彼方に行こうとするが、
心中の考えを人に語ろうとはしない。
人に語ろうとはしないけれども、
その考えを推測するに、拠る所があるのであろう。
出発を送って城郭の門を出ると、
たった一羽の鶴が秋の空を横切って行く。
日本を取り巻く四海は何と広々としているのか、
五大州がそれぞれに隣をなしている。
君は、あまねくそれらを廻って事情を極め知りたまえ、
一度、実際に見ることは、何回も聴くことよりも優るのだ。
聡明な者は好機会に乗じることを重んじるものだが、
帰国には良い時期を選びたまえ。
人並みはずれた功績を立てなければ、
死後に誰が敬うことだろうか。

 第一、二句には、松陰の決断の速さが述べられている。また、第七句から第十句にかけては、孤軍奮闘、たった独りで世界の五大州を廻ろうとするという、微小な者と雄大な物との対比が為されている。ただ、最後の二句は、何か結論を取って付けたような感がしないでもないのだが、それは倉卒に作ったからであろうか。

  


.
buk*u*007
buk*u*007
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事