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  興膳昌蔵は、萩藩の支藩である長府毛利藩の医家である。松陰とは直接の面識はなかったが、昌蔵の竹島論に賛成した松陰が、その領有策を江戸にいる桂小五郎に寄せ、幕府の許可を得るように運動させようと図ったことを表わす書簡である。

蝦夷(北海道)は、ロシアなど諸外国との緊張が高まった(安政二年、一八五五)には、渡島(おしま)半島の一部を除いて幕府の天領とされているが、松陰は、この蝦夷同様に竹島を幕府の天領として、国姓爺こと鄭成功が台湾を治めた事と同様に日本が治める土地にしたい、と考えた。そして、比較的高く評価している勘定奉行の川路聖謨から提案させたら、幕府も認めるのではないかと、楽観的に構想した。

やがて江戸に到着するはずの久坂玄瑞(松陰の妹の聟)にこの構想を知悉させているから、桂小五郎(後の木戸孝允)と協力して、これを川路など幕府の要路者に伝えてくれ、と言うのである。

それは竹島を萩藩、ひいては日本が朝鮮・満州に開拓の手を伸ばす根拠地とする、という構想に基づいているのである。

 同年二月二十八日付、久坂玄瑞宛書簡にも、次のような竹島に関する発言がある。

  竹島論は、公然と上書するに如(し)くべからずと存じ候。(松浦)松洞も同説なり。

 やはり玄瑞に対して、江戸に到着したならば、秘密にではなく公然と竹島開

拓論を幕府に向かって上書するに越したことはない、と勧告しているのであ

る。画家の松浦松洞も同意見であった。


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