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安積艮斎と里見氏

        新年お芽出とうございます。本年も『江戸風雅』を宜しく御贔屓願い上げます。


   安積艮斎と里見氏
                       

 平成二十四年の大晦日と二十五年の元日を家人たちと福島県の磐梯熱海の温泉で過ごし、帰途、二男の勤務先の郡山に出て、東京行きの新幹線を待つ僅かな間、駅から近い安積国造神社に詣でた。幕末の大儒安積艮斎は、ここの神主である安藤氏の出であるからである。元朝参りの人々で混雑していたし、予約もしていなかったから、そこに在る安積艮斎記念館は観ることが叶わなかったが、現神主安藤智重氏の『安積艮斎』を購入することができた。

 帰京してから、艮斎に就いて短文を草しようと『艮斎文略』を繰っていると、天保二年(一八三一)の正月、彼が四十一歳の時、房総に旅した体験を記した「南遊雑記」(巻下)に、府中の延命寺に就いて述べている文章があるのが眼に留まった。それに言う。

  府中の延命寺は、里見氏の香火院たり。奕世の墳塋存す焉。城址は館山に在り。此(ここ)を
  去ること三十里、迂路なるを以て往かず。里見義実、区区の衆を以て、房州を取り、
  二総を略し、威 関左に震ふ。子孫相継ぐこと、凡そ九世。元和元年(一六一五)国
  除かる。英雄魚腸、美人黄土(英雄も美人も空しくなって)、累々たる残碑、夕陽荒草
  の間に埋没し、人をして愴然として懐古の感有らしむ。

 里見義実の房州経略の偉業を偲んでいるのであるが、いったい艮斎が、義実の虚実に亘
る活躍を詳しく描いている『南総里見八犬伝』(文化十一年より刊行)を読んでいたものだろうか、それは未詳であるが―たとい読んでいたとしても儒者が稗史小説に言及することは先ずあり得ない―、もしかしたら若年の頃、経学詩文の勉強に倦んだ際に、かような読み物に眼を曝すことがあって義実の活躍が印象に残り、それが基で彼に就いて懐古するようになった、という経緯も想像できるのである。

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