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嘉永三年(1850年、二十一歳)、吉田松陰は長崎に遊学する。その時に詠じた詩を紹介していこう。
長崎に赴く途中の作(九月四日の作)
踏破四州雲表山 踏み破る 四州 雲表(うんぴょう)の山
擬看万里喎蘭船 看(み)んと擬(ほっ)す 万里(ばんり)の喎(オ)蘭(ランダ)船(せん)
笑他亭駅毫無礙 笑う他(か)の亭駅 毫(ごう)も礙(さまたげ)なきを
半是国恩半是錢 半(なか)ばは是(こ)れ国(こく)恩(おん) 半ばは是れ銭
〇韻字 船・銭(下平声一先)
四つの国々の雲の上に聳える山を踏み越えて、
万里彼方からやって来たオランダ船を見ようと思う。
嬉しくも多くの宿駅を少しの妨げもなく通過できたが、
半分は治まれる御世のお蔭であり、半分はお金のお蔭だ。
道中の無事を詠じたものだが、結句の「銭」は、関所の役人への賄賂を含意している。また承句は、遥か海外から渡来するオランダ船への好奇心を詠じるが、それは海外への憧憬と通じ合うものであって、この頃より早くも松蔭の脳裏には海外への関心が芽生えていたことを表わすものである。
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