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     葉山佐内との別れ

 松陰は、左内に十一月五日まで親炙した。『聖武記』付録の外には、『伝習録』『先哲(せんてつ)叢談(そうだん)』前後編などを借りて、熱心に読んだりして、多大な学恩を受けている。別れに際して左内に贈った七言古詩が次のようなものである。

 留別鎧軒先生   鎧軒先生(がいけんせんせい)に留(りゅう)別す(べつす)

久聞碩人在西肥  久しく 碩人(せきじん) 西肥(せいひ)に在りと聞き
曾将鄙情付鯉魚  曾(かつ)て鄙(ひ)情(じょう)を将(も)って 鯉魚(りぎょ)に付す
徒欽名声轟九国  徒(いたず)らに名声の九国に轟(とどろ)くを欽(よろこ)ぶも
未得拝謁接容儀  未だ拝謁(はいえつ)して容儀(ようぎ)に接するを得ず
一朝決策来相随  一朝(いっちょう) 策を決して 来りて相(あい)随(したが)うも
五旬駒隙忽帰期  五(ご)旬(じゅん)の駒(く)隙(げき) 忽ちにして帰期(きき)
愧吾向来乏学殖  愧(は)ず吾(われ) 向来(こうらい) 学殖(がくしょく)に乏しく
翹企無由窺藩籬  翹企(ぎょうき)するも 藩籬(はんり)を窺う(うかが)に由(よし)無きを
邈矣千里告別離  邈(ばく)たり 千里 別離を告げ
只期再遊侍書帷  只だ期す(き) 再遊して 書帷(しょい)に侍(じ)するを
如何歳月不俟人  如何(いかん)ぞ 歳月 人を俟(ま)たざる
畢生邁志竟何為  畢生(ひっせい)の邁(まい)志(し) 竟(つい)に何をか為す

長い間、大儒が肥前の西部にいると聞いており、
以前、教えを乞いたいと書簡を出したことがあった。
その名声が九州に轟いていることを喜ばしく思うばかりで、
お目にかかって挨拶することは叶わなかった。
ある日、身の処し方を定めて、来訪して入門したが、
五十日間はたちまち過ぎて、帰る時が来た。
恥ずかしい事に私は従来、学問が浅く、
爪立ちして望んでも先生の学殖の一端を窺えそうもない。
遠く千里の彼方へ帰ることを告げますが、
またここを訪れて書斎に侍るのをひたすら期しております。
どうして歳月は人を待ってはくれないのか、
一生、高邁な志を保ったとしても、終に何事がなせましょうか。

〇韻字 肥・儀・期・籬・帷・為(支部通押)。第二句の「鯉魚」は「双鯉」とでもすべき所。

〇駒隙 月日が早く過ぎ去ること。『荘子』知北遊の「人、天地の間に生くるは、白駒の隙を過ぐるが如く、忽然たるのみ」に基づく語。
 松陰は厳しい批評眼を持った人
であるが、その彼が手放しに近いほどに左内の学殖を称え、本気で別れを惜しんでいる事が看取できる詩である。

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