過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

  五 「無題」詩の検討

 そこで、以下に、残る四首の「無題」詩をも順次挙げて検討して行こう。ただし、それらは着任する直前の先の詩に比べると、昂揚の度合いが少し落ちているようである。松山に赴任して、ほぼ一か月後に作った詩群であるからであろうか。
第一首は、次のようなものだ。

  快刀切断両頭蛇  快刀 切断す 両頭の蛇
  不顧人間笑語譁  顧りみず 人間(じんかん) 笑語譁(かまびす)すしきを
  黄土千秋埋得失  黄土 千秋 得失を埋め
  蒼天万古照賢邪  蒼天 万古 賢邪を照らす
  微風易砕水中月  微風 砕き易し 水中の月
  片雨難留枝上花  片雨 留め難し 枝上の花
  大酔醒来寒徹骨  大酔 醒め来りて 寒さ骨に徹し
  余生養得在山家  余生 養い得て 山家に在り

  刀ですっぱりと二股かける気持ちを切り断ち、
  世間のやかましい嘲笑は相手としない。
  損得の勘定は永遠に地面の下に埋め、
  お天道様は永劫に賢と邪とを見定めてくれる。
  水中の月影は、そよ風にも砕けやすく、
  枝に咲く花は僅かに降るだけの雨にも落ちてしまう。
  随分酔ったのに醒めてしまうと、寒さが骨身にこたえるが、
  残りの人生は田舎で過ごすとしよう。

 第一句の「両頭蛇」が孫叔敖の故事「叔敖陰徳」(『蒙求』上)を踏まえていることは、縷述するまでもないが、今はそれが何を比喩しているのかが問題である。吉川注では、「先生の理想もまた後人のために、いろんな両頭の蛇を、切断し、葬り去ることにあった」というが、後人のために何かを切断するというのは、高邁に解釈し過ぎていて、ちょっと理解しがたい。『書簡集』の注では、「両頭の蛇のような俗人の心を断ち切り」と解しており、こうした暗喩は様々の憶測を呼びがちなのであるが、こうした場合は、漱石が置かれている状況から考えるべきである。そうとすると、排斥騒動などのために東京での生活を断ち、四国松山での生活を選んだ状況に在っては、都会での出世と地方での閑静な暮らしという二大選択肢の一方を切り捨てた、という暗喩として解するのが順当であろう。すなわち、都会で出世するためには学生の批判などをも顧慮しなければならないという煩わしさがあるが、そうした俗世間の嘲笑を顧みない、といいたいのである。そのように解した方が、末尾の「山家」における余生を撰ぶ、という句意と照応するのである。

 次の頷聯は、表面的な成功と失敗は、長期的な評価には耐えられず、賢愚も長い眼で見ないと判別できないことを言い、これも都会生活と地方生活の優劣を早急には判別できないことを言うものであろう。
 
 その次の頸聯は、これまた解し難い暗喩であるが、右の意を逆説的に表現したもので、華美に見える都会での出世も、脆く消失しやすいことを述べたものであろう。
 
こうして尾聯では、都会での浮ついた活動も振り返ってみれば寒々しいものであり、地方での閑静に如かず、と結ぶのである。松山の生活が案外に気に入っているようなのだ。
 
五月二十八日付書簡では、
  小生、当地着以来、昏々俗流に打ち混じ、アッケラ閑として消光、身体は別
  に変動も無之候。教員生徒間の折合もよろしく好都合に御座候。東都の一瓢
  生を捉へて大先生の如く取扱ふ事、返す〲恐縮の至りに御座候。
と、この頃における松山での生活が比較的快適であることを述べるが、そうした状況がこの詩全体に反映されている、と考えられるのである。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事