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つまり、五十頁分の詩は「山中新年」の第一首ということになる。この詩は、『全集』全十巻に収まっている総ての詩の内でも最も製作時期が早い作品であろうから、松蔭の漢詩の初作としての意義がある作、ということになる。全六句から成っているこの詩が元来それで完結していたかには疑問があるが、それを論ずる前に、先ずこの詩の訳を記しておこう。

萩の城下とここの山林とでは元より環境が違う。
遅く起きれば、もう東の窓には陽が紅く昇っている。
柳は春風がそよそよ吹く中で芽吹いており、
梅は鴬が美しくさえずる中に薫っている。
雪が融けて今や門の辺りの小道は泥に滑り、
氷が解けて池から引く筧には水が流れ出した。

第三・四句と第五・六句とがそれぞれ対句になっているが、詩意は未完結であるところから、尾聯の二句を欠いているであろうことが推測できる。つまり元来は七言律詩として作られたのであろうが、惜しむらくは最後の二句が欠けているのである。これは今も萩市の松陰神社に蔵せられているという『未忍焚稿』において、もともと尾聯の二句が欠けていたのか、それとも『全集』の校訂に過失があったのか、まだ確認していないが、何にしても松蔭の漢詩の初作が完全な形として人々に知られることができないのは遺憾な事である。

ちなみに「山中新年」の第二首の訳は、次のようなものになる。

詩人は元来、閑(ひま)で閑静なものだ。
まずは新年を祝って杯を挙げる。
垣の隣に居る爺さんを呼び寄せる必要があろうか。
独りで一杯やっている所にこそ趣きがあるのだ。

 転句は、杜甫の七律「客至」(客至る。上元二年、七六一年春、成都での作)の、
肯与鄰翁相対飲  肯えて鄰翁と相対して飲まんや
隔籬呼取尽余杯  籬を隔てて 呼取して 余杯を尽くさしむ

隣のお爺さんと差し向かいで一杯やりますか。
垣の向こうから呼び寄せて残りの酒を飲み干すとしましょうや。

を踏まえる。杜甫の場合は隣翁と飲むのであるが、松陰は、隣翁は呼ばないと変えたのである。

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