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義卿(松陰の字)は幼時から才能が秀でており、
牛を食うほどの猛烈な気性は虎にも似ている。
十歳で兵学を学んで、自己の才学を知り尽くし、
海外に渡航して、且つその事情を知ろうとした。
ただ一人で虎のように夷狄の様子を伺い、
獣が大それた事を謀るのに怒り狂った。
海岸の砂浜に眼を見開いて立ち、
夷狄の船を睨んで長刀を握り締める。
港の辺りに人はいなく、小舟を自分で用意して、
果てしない旅を小舟に託した。
それは、後漢の班超(定遠侯)が、ある日、筆を投げやって西域に使いし、
東晋の祖狄が江の中流で楫を打って不退転を誓ったようなもの。
密航は発覚して、自ら役所に訴え出て身を任せ、
取り調べの役人に対して渡航の理由を言葉を極めて説明した。
その口調は悪びれずに必死を覚悟したもので、
幕府の君臣は皆ど胆を抜かれた。
遠大で雄々しい計画は挫折したけれども、
その度胸と策略は天下の耳目をおののかせた。
幕府のお裁きも、その誠忠を愛でて、
ただ国の厳禁を犯した罪だけを問うものだった。
特別な計らいで死刑を免じて故国に帰らせ、
強いて囚人として父母から離れさせた。
鵬が九万里を飛ばないうちに、
翼を閉じて、狭く低い獄舎の内にいるようなもの。
鯨も水から遠ざかれば蟻に苦しめられるし、
鸞や鵬も枝を失えば、棘やいばらの内に住むようなもの。
一枚のしとねに座り臥すだけで少しも歩かず、
哀れなことには猛士が髀肉の嘆をかこっている。
それなのになお、君恩によって、ここに居ることができる、
人の世の幸福な住宅は牢獄だ、といっている。
忠義で君侯を愛する気持ちが全身にみなぎり、
書を奉つて、鄒陽が獄中から梁の孝王に上書した事蹟を追おうとしている。
かくて、君父・日月の余光と人生の余命を勉学に割り当てて、寸暇を惜しみ、
万巻の書を読んで成果をたびたび積み重ねる。
その余力を詩文の技に振い、
この方面でも名家と対抗できるほど。
それは、どうして浮薄な文章で綺麗さを誇るというものだろうか、
胸中の熱情がすべて紙一杯に吐き出されたというものだ。
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