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 佩川は、翌十二月二十四日に直ちに返事を与えたが、それは『吉田松陰の遊歴』六十三頁にも載せられている。

その要は、まず松陰の「文辞の美は、瓊英も啻(ただ)ならず」と、漢文の見事さを褒めている。そし

て、それは萩藩がかつて蘐園派の二傑(山縣周南・滝鶴台)を招聘したことに基因するという。ただし

、徂徠学も革新と明の古文辞模倣という功罪二面が存すると断ることを忘れていない。そして、文の法も

兵法と同様に変化しているが、要は功力の浅深(実践の深さ)に在るのであって、早急には辯ずることが

できない、と松陰の矛先をかわしている。

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