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兄の杉梅太郎にも次の七絶を示した。
呈家兄
家兄に呈す
鶺鴒原遠報蓬桑 鶺鴒(せきれい) 原遠(げんとお)く 蓬(ほう)桑(そう)を報ず
淬励君期磨剣鋩 淬(さい)励(れい) 君は期(き)す 剣鋩(けんぼう)を磨(みが)くを
愧吾学業寸無進 愧(は)づ吾れ 学業 寸(すん)も進むなし
贏得山河話一場 贏ち得(かえ)たり 山河の 話(はなし)一場(いちじょう)
急難に投ずべき兄上とは遠く隔たり、旅の様子を知らせておりました。
兄上は私が励んで才学を磨くのを期待しておられました。
恥ずかしいことに私の学業は一寸も進まず、
ただ地方の山河の様子をひとしきり語るだけであります。
〇韻字 桑・鋩・場(下平声七陽)
〇『詩経』小雅「常棣」に「鶺鴒 原に在り、兄弟 難に急にす。云々」とある。鶺鴒は兄弟相親しみ急難を救いあって離れないことから、兄弟親和の情をいう。ここはおるべき原(土地)が、遠く家郷と九州とに離れている意。〇蓬桑 桑蓬に同じ。桑蓬の志とは、男児が生まれると、桑の弓と蓬(よもぎ)の矢で天地四方を射て将来の活躍を祝ったところから、男子が四方に活躍して功名を立てようとする志をいう(『礼記(らいき)』射(しゃ)義(ぎ))。ここでは旅の意。〇淬励 激励する〇贏得 唐の杜牧の「懐(おもい)を遣(や)る」に「贏ち得たり青楼薄倖(はっこう)の名」とあり、伊東東涯の『秉燭譚(へいしょくたん)』二では、「何事モヨキコトハナキガ、コレバカリガ利得ジヤト云コトナリ」と解説している。
「贏得」は、右注にも示したように、そのニュアンスを正確に捉えるのが難しい語であるが、松陰はなかなか巧みに使用していて、彼の詩学への研鑽ぶりが窺えるものになっている。また、兄に対抗意識があるのであろう、これまでの七絶が比較的素直で平易なものであったのに対し、やや晦渋で肩肘張ったものになっている。
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