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十二月七日、一老人を雇いて、温泉嶽に登る。次は、その折に詠じた詩である。
漫遊して天草洋を過ぎ、温泉嶽に登る。山奇海嶮(げん)、而(しか)も一句の風景に答うるものなく、慚(ざん)甚だし。戯れに賦す
吾目嘗横幾万丁 吾が目 嘗(かつ)て横たう 幾(いく)万丁(まんちょう)
閑過山海数十程 閑(かん)過(か)す 山海 数十(すうじゅう)程(てい)
譚兵胸次元如是 兵を譚(たん)ずるの胸次 元(もと)是(か)くの如し
畢竟不能文字鳴 畢竟(ひっきょう) 文字もて鳴ること能わず
〇丁 距離の単位。一丁は、六十間(訳一〇九メートル)。
私は何万メートルもの広大な空間を存分に眺めて来た。
山や海を幾十もゆったりと越えて来た。
だが、もともと兵法家としての物の見方しかできないので、
結局、詩文でもって天下に鳴り響くことはできないのだ。
これまでたびたび述べて来たように、松陰は風景や遺跡を見ても、その捉え方は兵学的であって、感傷的に美文を綴るようなことをしない。自分のそうした特性をよく承知していて、「俺は文人として立つ者ではないさ」と言うのである。
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