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また、両親に向けて次の七絶を呈した。 |
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嘉永三年十二月二十九日、七つ(午前四時頃)、吉田を発し、絵堂(えどう)(山口県美祢市(みね)美東(みとう)町絵堂)に至るまで馬上、これより歩行する。五つ半(午後九時頃)萩の家に帰着した。 |
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この日は、次の七絶をも詠じている。 |
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十二月二十八日、小倉より籠に上り、内里(だいり)(北九州市門司区)より船に上り、赤間が関にて伊藤木工之(もくの)介(すけ)を訪う。吉田(下関市吉田)に到り、宿す。 |
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帰宅 |



