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2019年07月

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 佩川は、翌十二月二十四日に直ちに返事を与えたが、それは『吉田松陰の遊歴』六十三頁にも載せられている。

その要は、まず松陰の「文辞の美は、瓊英も啻(ただ)ならず」と、漢文の見事さを褒めている。そし

て、それは萩藩がかつて蘐園派の二傑(山縣周南・滝鶴台)を招聘したことに基因するという。ただし

、徂徠学も革新と明の古文辞模倣という功罪二面が存すると断ることを忘れていない。そして、文の法も

兵法と同様に変化しているが、要は功力の浅深(実践の深さ)に在るのであって、早急には辯ずることが

できない、と松陰の矛先をかわしている。

佩川と千住の詩の韻は、横・名・盟、また腸・洋というものであり、ともに下平声七陽の韻を用いている。そこで松陰も同じ下平声七陽の韻字を用いて、次の長詩を賦し、佩川や千住たちに示した。

 榮(えい)城(じょう)にて佩川先生及び千住・迎二君の席上示さるる韻を用いて聊か長句を賦し、接見の諸君に呈す

踏破九州跡縦横  踏み破る 九州 跡(あと)縦横(じゅうおう)
久欽大邦多士名  久しく欽(よろこ)ぶ 大邦(たいほう) 多士(たし)の名(な)
豈図瓢然漫遊客  豈(あに)に図(はか)らんや 瓢然(ひょうぜん)たる漫遊の客
温々得結詩酒盟  温々(おんおん)に 詩酒の盟(めい)を結ぶを得んとは
看来天涯如比隣  看(み)来(きた)れば 天涯(てんがい)も比隣(ひりん)の如し
一見若旧語肺腸  一見(いっけん) 旧(きゅう)のごとく 肺(はい)腸(ちょう)を語る
馭戎固辺策娓々  戎(えびす)を馭(ぎょ)し 辺(へん)を固(かた)むる 策は娓々(びび)たるも
学海波涛嘆茫洋  学海の波涛は 茫洋(ぼうよう)なるを嘆ず
善戦不陳非易事  善戦して 陳(の)べざるは 易(やす)き事に非ず
書生漫説趙括兵  書生 漫(みだ)りに説く 趙括(ちょうかつ)の兵
方今海警切蒿目  方今 海警 切(しき)りに目を蒿(きわ)むるも
劣才訥辯終何成  劣才 訥辯(どつべん) 終(つい)に何をか成さん
却思他日帰郷日  却(かえ)つて思う 他日(たじつ) 郷に帰るの日
青燈夜雨説榮城  青燈 夜雨 榮(えい)城(じょう)を説くを

私は、九州を縦横に旅してまいりましたが、
長い間、大藩に立派な人材が揃っていることを慕っておりました。
思いきや、ふらりと当てもない旅をしてきた私が、
先生方から温かくも詩酒の交わりを結んでもらえますとは。
見廻ってみると天の果ても近隣のように感じられ、
初対面の方も古馴染みのようで、心底を語ることができます。
夷狄を防ぎ辺境を警固する策は倦まずに論ぜますが、
学問の世界は海のように広大で、究めることの難しさを嘆息します。
良く戦ってみずから誇らない事は容易なことではなく、
書生っぽの私は、いたずらに趙括のように畳水練の戦略を述べるだけです。
当今、海辺の警備には目をそばだてる事が多いのですが、
才薄く口下手な私がいったい何を為せるでしょうか。
さて思うことには、後日、国に帰りましたなら、
雨が降る夜、青白く輝く灯火のもとで佐賀の思い出を語ることでしょう。

〇韻字 横・名・盟・腸・洋・兵・成・城(下平声八庚)

〇天涯如比隣 唐の王勃(ぼつ)の「杜少府の任に蜀州に之(ゆ)くを送る」の内の句。〇趙括中国の戦国時代、趙の人.少時より兵書を好んで学んだが慢心してその兵法
を談ずることが軽率であった。その父が言うには、趙の軍を破るものは必ず括
であろうと。果して後年、秦と戦って大敗して死んだ(『史記』廉頗藺相如列
傳)。趙括の兵を説くとは兵学を空論するをいう。ここは松陰自ら謙遜して書
生の空論といったもの。〇夜雨 唐の李商隱の「何(い)当(つ)か共に西窓の燭を翦(き)り、
却って話さん巴山(はざん)夜雨の時」(「夜雨 北に寄す」)を転用した。

 前述したように、この席での話題は、もっぱら海防論に在ったようである。残念なことには、松陰は佩川の人物などに就いて殆ど語っていないので、その印象も知られない。
ただし、この時、佩川に文章法を問う漢牘「佩川先生に与う」を呈示したのであり、それは『日記』西遊詩文に収められている。その趣旨は、自分は家業を襲うて兵法を講じ、当初、執筆作文は実用に効なしという思いをなした、すべての学者が、因循苟且で旧套を墨守するばかりでは、やはり必要がないが、苟くも論議辨明に際しては、文章が必須であるのを察した、しかし軍学者には文章を巧にする者が稀である、そこで作文の方法を聞きたいのだが、序記論説を先にすべきか、賦辞賛銘という韻語は初学者が重んずべきものか、乎哉矣焉の助字は、初学者が精覈に講究すべきか、その法を示して教を垂れんことを請う、と述べたものである。

   また千住大之助も「席上即事」と題し、次の詩を賦して松陰に示した。

昨来客自遠方至  昨来 客は遠方より至る
握手讙然解肺腸  手を握り 讙(かん)然(ぜん)として 肺腸を解く
相託幸将寄知旧  相託して 幸いに将に知旧に寄せんとす
坐間説話半西洋  坐間の説話 半ばは西洋と

昨日より、お客殿は遠国から来られた。
今夕、手を握って親しく心底を明かして語りあった。
貴殿に書簡を託して萩の古い知り合いに寄せようと思う。
宴席での話題は半分は西洋に関するものだったと。

 結句により、当日の話題が多く西洋の脅威に対する武備に関することであったと再確認できるのである。

草場佩川との交渉

 嘉永三年十二月二十一日に、松陰は佐賀に入り、二十二日、千住大之助・中山に会い、藩校弘道館の寮生が二百八十人ばかりという話を聞いて、その盛んに感じている。二十三日、佐賀の名儒草場佩(くさばはい)川(せん)(六十四歳。弘道館教授)に会った。『西遊日記』には、ただ「夕方、長楽庵にて詩会有り、栄藩(佐賀藩)の諸彦と語る」とあるばかりであるが、以下に引く詩題に見るとおり、「諸彦」の内には佩川も含まれている。千住は、千住大之助。迎(むかえ)は、迎陽という。

当日、佩川が松陰に贈った詩は、次のようなものだ(『吉田松陰の遊歴』六十四頁所引)。

折衝樽俎勢縦横  樽俎(そんそ)に折衝(せっしょう)して 勢い縦横たり
大国威風不負名  大国の威風 名に負(そむ)かず
嬴得団欒一宵話  嬴(か)ち得たり 団欒(だんらん) 一(いっ)宵(しょう)の話
兼将武備結文盟  兼ねて武備を将(も)って 文盟を結ぶ

松蔭君は宴席で敵勢を挫く話をして、存分に尽きる事がない。
学芸が発達した萩藩の気風を示して、その声望に背かない。
私は君と一夕、団欒することができ、
同時に、軍備の話によって詩文の交わりをも結ぶことができた。

〇折衝樽俎 中国春秋時代、晋の平公は斉を攻めようとして、まず范昭に斉の様子を窺いに行かせた。そこで斉の景公は晏子の策通り范昭を宴席に招きもてなし、戦争を回避した故事(『晏子春秋』上)。

 起句は右に示したような故事を踏まえて、当日、松陰が弁舌に詩文に縦横の活躍をした様を詠じた。承句は、佩川が松陰に答えた文章にも言うのだが、蘐(けん)園(えん)派(徂徠学派)の山縣周南以来の漢学の伝統を松陰が負うていることを讃える。結句は、松陰が武備と文事とを兼ねる才であることを指摘したもの。老大儒が年少の若者に与えた言葉としては過分なほどの賞賛である。いくら松蔭が萩藩の兵学師範の身分を持っていたにしても。

 十二月十四日、胼胝(たこ)が悪化し、熱も甚だしい。勇を鼓して進み、柳川城下に至り宿す。この日、七里ほど歩く。寒疾の犯す所となり、その困迫は表現できないほどだ。
 こうして、以後、十七日まで病んでいる。

  柳河の旅館にて病に臥す

千里倦遊寒書生  千里 遊びに倦(う)む 寒書生
旅館連日病臥床  旅館 連日 病みて床(とこ)に臥す
夢耶幻耶憂心悄  夢か 幻か 憂心悄(しょう)たり
思親思友又思郷  親を思い 友を思い 又た郷を思う
況復同宿総估客  況んや復た 同宿は 総べて估客(こきゃく)
鯨燈夜久乗除忙  鯨(げい)燈(とう) 夜久くして 乗除(じょうじょ)忙しきをや
去国荏再忽五月  国を去りて 荏苒(じんぜん) 忽ち五月(ごげつ)
心事蹉跎何所成  心事 蹉跎(さた)し 何をか成す所ぞ
作詩無人為評隲  詩を作るも 人の評隲(ひょうしつ)を為すものなし
浩歎誰慰此時情  浩(こう)歎(たん)す 誰(たれ)か此の時の情を慰むるものぞ

遥か遠い異郷への旅に疲れた、この貧書生は、
宿屋で連日、病床に臥せっている。
夢なのか、幻影を見ているのか、という状態で、いよいよ憂いが生じ、
親を思い、友を思い、さらに故郷が偲ばれる。
況やまして同宿人はすべて商人で、
鯨油の灯火のもとで夜遅くまで勘定に追われているのだから。
故郷を出てから時がたち、もう五か月過ぎたが、
想定していた事にはつまづいて、何を成就しただろうか。
詩を作っても、批評をしてくれる人がいる訳で無く、
嘆息しているばかりで、誰がこのような時の寂しさを慰めてくれようか。

 大分疲れ、弱気になった体が窺われる詩である。第五、六句は、同宿同室の商人の様子、年末が近づいて決算に追われている様を写実的に描写したものであろう。

 十二月二十日、柳川を出発。足痛ゆえ、駕籠を雇いて乗る。

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