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 六月二十八日付け、久坂玄瑞宛書簡に、次のように言う。

  竹島が英夷の所有であるということは、甚だ信じ難いです。興膳が、近日も福原(周峰)まで申し来りました。北国船が常々往復し、その前後を通船致しておるけれども、何という事も無い様子であり、また英夷が既に拠っていたとしても構わず、やはり開墾を名分として交易をなし、その事によって外夷の風説を聞けることは尤も結構な事です。英夷が既に拠っているならば、とりわけ差し捨て難いことです。そうしなくては、いつ何時、長門などへ来襲するかも予測できません。寸板も海に降す能わざるの陋を破るには、是れらに及ぶ妙策はありません。黒龍・蝦夷は本藩よりは迂遠だが、それよりは竹島・朝鮮・北京辺の事こそ、本藩の急事に見えます。

 これに拠れば、竹島がイギリスの所有地になっているという説を当時唱える
者があったらしい。松陰は、それに疑義を呈し、また、もしそうだったとして
も、竹島開墾を名分としてイギリスと交易を行い、それに拠って外国情報を入
れたら良い、と佐久間象山流の柔軟な考え方を示している。ただし、他の国の
領分を開墾したりするのは違法になる、という考え方は、まだ持たなかったよ
うである。

「寸板も海に降す能わざるの陋」とは、『全集』注に、「ちょっと
した舟でも海に浮かべて渡ることができぬ悪習。鎖国令による渡航禁止をさ
す」というが、かつて海外渡航を試みた松陰は、竹島を根拠地として朝鮮・北
京辺にまで亘る範囲の海外進出を構想しているのである。こうした海外進出論
は、後述の桂小五郎の継承に見られるように、明治時代に唱えられる考え方の
先駆を為すものである、とも言えよう。

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