無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全110ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

十月一日、二日は病床に在った。

病床連日少人臻  病床 連日 人臻(いた)ること少なく
 書剣蕭條遊学身  書剣 蕭條(しょうじょう)たり 遊学の身
 寤寐恍然多感慨  寤寐(ごび) 恍(こう)然(ぜん)として 感慨多く
 肯令二豎役精神  肯(あ)えて二豎(にじゅ)をして 精神を役(えき)さしめんや

 連日、病床に寝ていると、来客は少ない。
 遊学の身の上で、書や剣などの持ち物も寂しいことだ。
 ぼんやりと夢うつつの状態でいると、物思うことも多く、
 病いのために精神を労させるまでもない。

 二豎は、春秋時代、晋の景公が病気のとき、夢に病魔が二人の豎子(こども)になって現われたという故事(『左伝』成公十年)に基づき、病魔をいう。

 結句の「肯」は、反語に用いる事が多いので、反語として解釈すると、右のようなものにならざるを得ない。つまり、海防問題などをあれこれ思うて、病いよりも、そちらの方が原因で精神を労するのだ、と言いたいのであろう。

九月二十五日、家を出発してから一か月たったので、次の七絶を詠じた。

客懐 九月二十五日作、客月今日 家を出ず

 胸中堆阜萬嶙峋  胸中の堆阜(たいふ) 萬嶙峋(りんしゅん)
 元是遊蹤志自真  元と是れ 遊蹤(ゆうしょう) 志自(おのずか)ら真なり
 千里離家成底事  千里 家を離れ 底事(なにごと)をか成せる、
 暁鐘暮鼓忽三旬  暁鐘 暮鼓 忽ち三(さん)旬(しゅん)

 胸中に積み重なっている思いは、万丈ほどうず高く、
 元来は遊学なのだから、志は当然に本気のものだ。
 遥か遠く家を離れてから何事をか為して来たろう。
 明け方や夕暮れの鐘や太鼓の音を聞いているうちに、三十日が過ぎてしまった。

 為すべき事は多いが、なかなか成就できぬうちに、時間はたちまち経過する。やや焦りの気分が感じられるのである。

嘉永三年(1850)九月十四日、松陰は平戸に到着。葉山佐内先生(五十四歳)の宅に至り拝謁し、その命によって紙屋という所に宿泊する。『伝習録』及び左内が著わした『辺備摘案』を借り、『摘案』を夜に謄写する。

 左内は、名は高行、佐内と称し鎧(がい)軒(けん)と号した。平戸藩家老で、佐藤一斎門下の陽明学の儒者であり、また山鹿流の兵学も修めた。松陰が陽明学に興味を抱いたのは、この日、左内に『伝習録』を借りたことに始まるのであろう。また、次の七絶「鎧軒先生を訪う」は、この日の作であろう。

説経論史又談兵  経を説き 史を論じ 又た兵を談ず
着実工夫得細評  着実の工夫 細評を得たり
侍坐無端閑話久  侍坐 端(はし)無くも 閑話久し
月輪来照此心明  月輪 来り照らす 此の心の明

先生は経書を説き、歴史を論じ、兵学をも語られる。
実際に就いて考究し、詳細に批評なされる。
私は思わず座り込んで長時間話してしまったが、
満月の光がこの心を照らして明らかにしてくれた。

 右詩には、一見して左内に敬意を抱き、その学問と人格に打たれたことが表わされている。

嘉永三年(1850年、二十一歳)、吉田松陰は長崎に遊学する。その時に詠じた詩を紹介していこう。

長崎に赴く途中の作(九月四日の作)

踏破四州雲表山  踏み破る 四州 雲表(うんぴょう)の山
擬看万里喎蘭船  看(み)んと擬(ほっ)す 万里(ばんり)の喎(オ)蘭(ランダ)船(せん)
笑他亭駅毫無礙  笑う他(か)の亭駅 毫(ごう)も礙(さまたげ)なきを
半是国恩半是錢  半(なか)ばは是(こ)れ国(こく)恩(おん) 半ばは是れ銭

〇韻字 船・銭(下平声一先)

四つの国々の雲の上に聳える山を踏み越えて、
万里彼方からやって来たオランダ船を見ようと思う。
嬉しくも多くの宿駅を少しの妨げもなく通過できたが、
半分は治まれる御世のお蔭であり、半分はお金のお蔭だ。

 道中の無事を詠じたものだが、結句の「銭」は、関所の役人への賄賂を含意している。また承句は、遥か海外から渡来するオランダ船への好奇心を詠じるが、それは海外への憧憬と通じ合うものであって、この頃より早くも松蔭の脳裏には海外への関心が芽生えていたことを表わすものである。

弘化三年二月の詩群で最後の作。

春 雨

四檐雨声転作寒  四檐(しえん)の雨声 転(うた)た寒を作(な)し
小楼枯坐発書看  小楼に枯坐(こざ)し 書を発(ひら)きて看る
初覚入春晷方永  初めて覚ゆ 春に入りて 晷(ひかげ)まさに永きも
一巻兵韜読易残  一巻の兵韜(へいとう) 読んで残(のこ)し易きを

四方の軒に雨垂れがして、いよいよ寒さがつのり、
小さな二階家にじっと坐って書をひもとく。
初めて気が付いた、春になってから日が長くなったが、
(却って気が散り)一巻の六韜(兵書)も読み残しがちであることに。

 この詩は、転結句の解釈が難しいが、日が長くなると却って読書の集中力が落ちるという逆説を発見したことを詠じたもの、と考えられる。

全110ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
buk*u*007
buk*u*007
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事