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前の記事で、最後の方はすっかり食べ物に頭がいってしまい忘れていましたが、白虎隊の別の悲劇の話を・・。
白虎隊で自刃した中は一人だけ生き残りの方がいました。
飯沼貞吉という方です。
余り公にされていませんが、彼は生き残ってしまったばかりに「生き恥をさらした」と罵倒され、この地に居られなくなり、仙台へ移り住みます。
本当は戻りたかったそうですが、それは叶わず亡くなったのも仙台ででした。
死の間際、自分の形見を「もし受け入れて貰えるならば」との低姿勢で自分の故郷へ戻せたら・・という願いがあったそうです。
しかし、実際は亡くなって26年経ってから漸く白虎隊と同じ地にお墓を建てて貰う事になるのです。
白虎隊の自刃は、悲劇と共に別の方向へ向かったとある本で読みました。
それは特攻隊です。お国の為に死ぬ気で出陣するのを白虎隊の自刃をお手本に・・という訳です。
そして生き残った者は飯沼貞吉と同じく「生き恥を晒す」という運命になったのです。
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私が敏感になりすぎなのかもしれませんが、冬季オリンピックの男子スキージャンプ?とかが「特攻隊」と呼ばれたり、今回の国対抗のフィギアスケートが「国民の期待を背負って・・」等と聞くと、なんだか複雑な気持ちになってしまいます・・。
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「生き恥を晒す」・・・その文言に、つい「私のことか?」なんて思っちゃう時点で、最近の私の病み具合はひどいなと気付きました。最近、何を読んでも、何を見ても、自分の弱さを思い知らされる材料にばかりなってしまって悲しいです。気持ちがひねくれているので、本を読んでも、その作者が意図していること、言いたいことをまっすぐ受け止めることすらできないです。
2009/4/9(木) 午後 6:16 [ ひとみ ]
阿陀無有さん、飯沼貞吉は昭和一桁まで生きていたので江戸・明治・大正・昭和とずっと苦しんできたのかと思うと、凄く可哀想ですね。
お墓を作って貰えたのも第二次世界大戦後、結構経ってからですし。
白虎隊達も、まさか自分達の自刃が特攻隊の思想にまで関わるとは思ってもいなかったでしょうね。
2009/4/9(木) 午後 9:34
Bukkiさん、いえいえポイントずれてませんよ。
当時はちょっとでも反戦的な事を言うと、非国民でしたからね。
中には実情を把握していながらも、逆らう事も出来ずに出兵しなければいけない青年もいた様ですからね。
戦争が無くなると良いですね。
2009/4/9(木) 午後 9:40
かめねこさん、本当にね〜・・。
主君に忠実なのがわが市の藩の最大の特徴なんだけれど・・。
その箇条を作った藩主も私は名君の一人だとは思うのだけれど、江戸時代は長すぎるから、前半と最後の頃では背景も違うと思うし、ましてや主君が天皇に代わって、それを戦争に重ねるなんてなぁ・・。
結局、人間は余りにそう思い込むと過度になるのかもしれませんね。
程ほどが一番いいのにね!
2009/4/9(木) 午後 9:51
月花さん、私は学校で子どもの頃からずっと戊辰戦争の事を聞かされました。
大抵は美談なんですが。
小・中共にお城が近かったので、特に小学校の時は凄く言われていましたね。まるで武士の子どもみたいに。
広島出身の人は原爆の事を沢山聞かされていた様で・・。
教えて貰った大切な事を伝えていかないといけないでしょうね。
2009/4/9(木) 午後 10:02
ひこさん、確かに江戸時代までの武士の時代は分からないでもないですけどね。
藩主につかえるというのは、その藩主が武家社会にどの位の影響があったのかも関わってくるとは思います。
藩主は藩内の者を守る役目もありますからね。
ただ、特攻隊はちょっとやりすぎでしたね。
もともとあの戦争自体が私は疑問を持ちますから。
反戦の様な言動は許されませんでしたからね。特攻隊の出撃前の手紙などを読むと、涙がでます。
2009/4/9(木) 午後 10:12
ちいさん、御子孫の方、いらっしゃいますよ。
御子孫の方達が、戦後、支援者の協力のもとにお墓を作って貰えたのだと思います。
でも、飯沼貞吉のお墓は、別の場所にあるんですよね。多分。
お城が見える方に・・。
あの並んだ中には、ずっと入っていないので分からないですが。
もし並んだ中に無かったら、一緒といってもやはり別枠になっているのでしょうかね。
可哀想ですね・・。
時代背景もあるけれど、私の市の気質って頑固でキツイから・・・。
2009/4/9(木) 午後 10:20
ひとみさん、私もそうですよ。
今は随分と良くなったけれど、ちょっと前までは小説とか読むと辛くなってパニック発作起してましたから。
今は辛くなる前に読むのを止めます。なにせ「坊ちゃん」でも辛くなる位ですから。心理の先生に「坊ちゃんは一人でも褒めてくれる人が居たから・・」と言ったら「そんな読み方をしたんだ。」と・・。
そんな調子なので、ひとみさんじゃないけれど、外出しても、TVがついてても勝手に傷ついたり、色んな感情が出てくるんです。
ブログでは、冷静になるから本当だけれどその気持ちを書いているけれど、書くとふと思っている事は別問題で・・。
なので、銭ゲバとかなら見られるのかもしれません。風太郎が最後に幸せな自分を想像したのが分かります。それこそ、たまにやっています・・。
2009/4/9(木) 午後 10:30
確かにね〜。今はもう遠い昔話になっちゃってるんだよね。。。でも本当に感性のある人は胸が痛むよね。当時はきっと、今言葉で語られるよりもっと悲惨だったはずだもの。そんなの日本人の魂でもなんでもないよ。人としてどうなの?って話だよね。
2009/4/9(木) 午後 11:49 [ - ]
若いゆえに誤認してしまい最期は悲惨な結末を迎えてしまいました。使用武器は旧式の銃や剣ですよね、戦場も壮絶だったはずで最期は自ら剣で命を絶ったとは。唯一の生き残りも「生き恥を晒した」とありますが、あまりにも悲しいです。生き恥って凄く考えさせられる言葉ですよね、何か残酷な印象を受けます。この話(白虎隊の自刃)を聞くと答えの出ない、複雑な気持ちになりますね。
2009/4/10(金) 午前 0:24 [ 江戸ゲイン ]
そうですね・・・・・。
沖縄は、とても好きな土地ですが、悲しい思い出のあるところには、まだいけません。。
悲しすぎます。。
白虎隊とつながっていたのは、初めて聞きました。。
2009/4/10(金) 午後 4:39
もーさん、そうだね。生き恥なんて言われてさ。
この人も喉を何回も突いたらしく、助けられただけなのに。
当時は主君の為にっていうのがあったから、そういう世の中だったのかもしれないけれど、私の市が受け入れたのって第二次世界大戦が終わってから何年も経ってから。
今も老人とかは薩長に対して恨んでいる人居るもの。
でも、武士の多くは青森の方へ行ったから武士の子孫は少ないと思うんだよね。
大体、江戸生まれの人や明治初期の人が居る訳でも無いのに、しつこいと思うよ。
2009/4/10(金) 午後 10:21
江戸ゲインさん、本当に武力はお粗末でしたし、最後は女性まで闘いましたからね。
私の小学校はお城に近くて、もとは女子だけの小学校だったので第二校歌っていうのがあって、それが家老の奥方の辞世の句なんですよ。
今は場所も移ったので、その校歌はどうなっているのか分かりませんが、それだけ引きずっていた事になります。
亡くなってしまった事を嘆くというよりも、負けた事、敗れて散った事に重きを置いている感じもします。
幕末当時や明治初期までならまだわかりますが・・。
江戸時代の背景がケジメ等は切腹で・・という風習になっていましたし、藩主の責任もかなり大きかったと思うので時代背景などを考えると、そういう言葉になるのかもしれませんが、それを昭和まで引きずるのは本当に悲劇としかいい様が無いです。
自刃した白虎隊も、まだ子どもだったので、それだけに自刃を早まってしまった事も考えられますしね。
2009/4/10(金) 午後 10:35
nakaさん、私もまだ沖縄は行っていません。
沖縄は3人に1人が亡くなったと聞いていますし、米兵ならまだ敵国だから・・とも思いますが、内地の兵隊の横暴も酷かったと聞きますからね。
祖母が行った時は、パスポートで行ったと言ってました。
沖縄の方達は皆さん、「気にしないで楽しんで!」と言ってくれますが、楽しむ前にお詫びしたいです。
直接何をした訳でも無いですけれど・・でも・・。
特攻隊の事は私も数年前に読んでビックリしました。
白虎隊もまさかそんな事で自分達の死をこじつけられるとは思ってもいなかったでしょうね。
2009/4/10(金) 午後 10:42
私も「国民の期待を背負って・・・」は、プレッシャーをかけすぎだと思います。
期待するのは勝手だけど、重圧は反対です〜〜〜
2009/4/11(土) 午後 9:23 [ yururinko ]
ゆるりんこさん、本当にスポーツにそういう言葉を使うと、なんだか可哀想に思えてしまいますし、そういう事なのかな?と思ってしまいます。
稀な例ですが、昔、マラソンの円谷選手という方は重圧に押し潰されて自殺したと読みました。
今はそこまでは無いですが、例えば、オリンピックなどで自分の成績を自分やファンの為に悔やむのであればまだしも、国民に「期待に応えられず申し訳ありません」等という言葉を聞くと気の毒にさえ思います。
もっと伸び伸びと自分の為に頑張って欲しいですよね。
2009/4/11(土) 午後 9:34
時代背景が違うとはいえ、幼くして散った白虎隊・・・
だらだらと毎日を過ごしている僕なんかとは大違い!
2009/4/12(日) 午前 9:19 [ アマテラス大御神 ]
生き恥ですか…切なくなりますね。
国のために戦ったのにそんな言われようとは。
やはり戦争は痛みしか残しませんね。
2009/4/12(日) 午前 11:38 [ miki ]
アマテラス大御神さん、それを言ったら私も同じくですよ。
時代背景が・・とも書きましたが、私の市の藩も、そして色々な戦争も子どもが参戦するまで追い込まれてしまったら“引き際の美学”という物も考えられたのでは?と思います。
余りにも藩の家訓に雁字搦めになってしまったのでしょうか。
当時の諸事情があるのかもしれませんが。
2009/4/12(日) 午後 9:55
MIKIさん、本当に切なくなりますね。
中には出撃したくなくても、逆らえずに戦った若者も多いでしょうね。
戦争で得る物とは何なのでしょうね。犠牲と痛み、嘆き等、マイナスしかないと思います。
2009/4/12(日) 午後 9:58