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曹洞宗 金華山 常慶院 (長野県下水内郡栄村箕作)
沿革
金華山常慶院は、直末八ヶ寺を擁す信越界第一の名刹であります。開創は、応永五年(1398年)で、元禄三年(1690年)に再建され、鎌倉時代から桃山時代の終わりまで、この地の領主であった市河氏の菩提寺として市河文書とともに長野県史にも掲載されています。当院は、JR飯山線横倉駅から徒歩15分、箕作集落の南西方一段高いところにあります。仁王門には「信越界禅林」の額が掲げられ、仁王様を安置し、更に石畳の参道を進むと、長野市の善光寺以北では、これに優るものはない大山門を仰ぎ見る。楼上に「解脱」の額を掲げ、鳳凰、亀、人物、獅子、龍や牡丹の精巧な彫刻が施されています。三百年を経た古杉の中を三十一段の石段が続き、正に解脱の霊感です。本堂、庫裡の偉容たるや誠にもって威厳、禅院の極致の姿であり、前に鐘楼、後ろに衆寮、土蔵、経蔵があり、これらは皆、市河氏妻女の尼寺法蔵寺の後地です。栄村は昭和二十年二月、積雪七メートル八十五センチの記録の残る大豪雪地でありますが、当院は、三百年の風雪に耐えてきた大禅刹であります。
仁王門 万延元年(1860年)の創建であり、扁額「信越界禅林」は当時の寺格を四方に表現する文字です。禅林は禅僧の修行する学校の意です。
山門 嘉永三年(1850年)上棟、総欅造りです。日光東照宮を模して造られ、信濃の陽明門として名高い。大棟梁越後柏崎の住人菊池茂助、栄木久八を始め、その配下二十八人衆の棟札があります。この中には、関東に名が高い熊ヶ谷源太郎もおります。
山門楼上内部
正面に十六羅漢、東西南北に四天王、高座に佛陀三尊、合わせて三十三像を祀る。天井の格子絵は、百十二枚、鯉、鳥、草木、花を彩し、「文久三癸亥越後の住人丸山子成写」とあります。
開山堂 須弥壇左側に位置し、正面に永平寺開山大吉道元大禅師の御尊像を安置、その両側に当院開山明応覚永大和尚を始め三十名の歴住大和尚を祀っております。
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