気ままな日記

千曲川が信濃川に変わる場所からのブログ

野々海池

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野々海池

今日の昼食は、野々海池キャンプ場サイトで!
池の周囲の紅葉は、ちょっと遅かった・・・・
そうそう、これジオパークの栄村エリアのガイド研修の一環です

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今年も、終わったばかりです、野々海祭り
神主さんにお祓いをして頂いた後
お神酒で懇親会です
この時のビールは、
沢に残っている雪で冷やしたビールなので味も格別!!
山菜のてんぷらにタケノコ汁で乾杯
一般の来場者にも振る舞われました
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豊作祈願

ののみいけ(野々海池)の大明神様に豊作祈願!
池の堤防の上での神事風景です。
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ののみ池のほとりにある殉職碑とその背後にタロウという名の牛の小さなお墓があります

殉職 高橋統祥之碑(たかはし つねよし) 長野県知事 林 虎雄 書
貫誠院統屋善祥居士 青倉店(青倉は集落名、店は屋号)
 居士は多年本村の望みである野々海築堤村内八十町歩の開田企画に参加し、昭和二十二年以来村議野々海委員として努力し、昭和二十三年農地開発建設工事として農林省の承認なり 昭和二十四年築堤工事の開始にあたり組合理事現場主任の重責に任じ、最も難工事とする基礎工事並びに隧道工事に日夜身命をかえりみず率先して工事の進捗に奔走す 時に隧道工事の難関に全いたゆみない氏の努力はいよいよ加わり昭和二十六年十月五日工事用件にて旧浦田村に下り帰途夜間深坂峠絶壁カ所にて雷鳴暴雨に遭難し屍る 雨来七星霜築堤工事を完了し、組合員相謀り茲に碑を建て氏の努力を讃え冥福を祈る。 
昭和三十年十月  
 水内開拓農業協同組合
 水内村長 島田寿平 書

蛇切丸峠

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深坂峠の別名のことだけど初めて知りました
蛇切丸峠・・・確かに白蛇伝説が今も残っています・・・
石碑にきちんと書かれています

往古深坂峠は北陸道と共に大和朝廷に依る越の蝦夷(えぞ)対策の前線基地であり
吉備武彦がこの方面に転進したであろうことは
栄村白鳥の社に日本武尊(ヤマトタケル)が合祀されていることからも推測できる
徳川明治期には浦田村から白鳥へ
米を積んだ駄馬(だば)の往来が盛んであり、
旱魃(かんばつ)が続くと浦田口村やその周辺から
野々海池に雨乞(あまごい)の水を汲みにくる習慣は終戦まで続いたが
眼下に見える小径(しょうけい)は往時の古道である
野々海池の白蛇に纏わる伝説は昔話として知られ、
故にこの峠は亦(また)の名を蛇切丸峠(じゃきりまる)とも云う
是より地方主要道上越松之山線まで九三00米内農免道路二九00米
峰越林道六四00米である
又是より国道一一七号線まで一一五00米内村道五000米
峰越林道六五00米であり共に昭和四十三年より開設されて今日に至った
因みに本線は峰越林道野々海天水越線期成同盟会長衆議院議員高鳥修氏に負う所多く依って深坂峠の三字は先生の揮毫に依るものである。 
昭和五十五年庚申 秋

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