ジャーナリスト堤未果のブログ

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選択肢の価値

 
     「選択肢の価値」         
                             ジャーナリスト  堤 未果
 
 
一体人は生きている間、何度魔術的な力に出会うのだろう?
 
ハイウェイを走る古いシボレーの後部座席で、窓の外を流れる景色を見ながら、
私は数時間前に経験した強烈な出会いを思い出していた。
隣でビデオカメラをいじっていたロシア人ジャーナリストのジプシー・トーブが、撮影した映像を再生してくれた。
長椅子でうなづく私と、その向こうで熱心に話す彼が映っている。
明るいブルーのシャツに紺のジャケットを羽織り、
白髪交じりの紙を丁寧になでつけたラルフ・ネーダー。
彼の挑んだものがどんな結果を出すにせよ、
きらきら輝く黒い瞳とそれを通して見せられたものを、私は決して忘れないだろう。
巨大な力に支配され、手の中の自由が奪われてゆく世界の中で、
無力感に立ち止まらず前へ進む術を語ってくれた、一人の革命戦士のことを。
 
2008年8月2日。
カリフォルニア州サクラメントの市民ホールには人があふれていた。
壁のバナーには真っ赤な文字で、「NADER2008」と書いてある。
2008年の大統領選挙に無所属で立候補した世界的消費者運動家ラルフ・ネーダー氏の選挙キャンペーンだ。
二大政党制のアメリカでは、共・民以外の候補者はマスコミに二級市民扱いされる。
泡沫候補の選挙活動は主要メディアではほぼ取り上げられず、
テレビ討論会からも締め出され、
海外では出馬すら知られないのだ。
 
2000年にジョージ・ブッシュがゴアと争った時、
民主党の票を割りブッシュを当選させたとして、
ネーダー氏はメディアや一部有権者から批判され、人間性まで否定するネガティブイメージを流された。
だが会場を包む熱気は民主党のオバマ氏や共和党のマケイン氏のそれと大差なく、
支持者たちはまるでネーダーの当選祝いであるかのように興奮し、笑い声をあげている。
 
私は腑に落ちなかった。
アメリカ大統領選挙は巨額の選挙資金がなければ戦えない事で有名だ。加えて74歳という高齢で、メディアにも出られない無所属泡沫候補。多少票を得たとしても、また民主党候補を妨害したとして攻撃にあうだろう。
そんな結果が目に見えていて、何故私財をなげうってまで出馬するのだろう?
私は隣でビールを飲んでいたもじゃもじゃ頭の青年に、ネーダー支持の理由をきいてみた。
 
「確かに経験豊かなマケインを信頼する人もいるし、若いマイノリティのオバマが起こすチェンジに期待する人もいるでしょう。でもネーダーにはこの二人にはない価値がある」
「何の価値でしょうか?」
私が聞くと彼はきっぱりと答えた。
「選択肢です」
 
その時壇上にネーダーが現れ十分間のスピーチをした。
消費者運動全盛期に活躍していたころと比べ、さすがにしわも増え背中も曲がり始めているが、
いざ話し始めるとよく通る声が会場に響き渡り私は圧倒された。
話しているその内容よりも、言葉の端々からあふれてくるエネルギーがすごいのだ。
 
スピーチが終わり熱狂的な拍手と歓声が部屋中を包んだ後、別室で私のインタビュー時間が来た。
広報担当者によると、ネーダー氏は疲れている上にこの後市長と対談があるという。
5分だけという条件の独占インタビューだった。
ジプシーがカメラを回し始める。
「私をインタビューしにわざわざ日本から来た理由は?」
尋ねるネーダーに私は聞いた。
 
企業が動かす過度な市場原理が人間性を奪う今の社会構造の中で、
落ちるとわかっていながらそれでも出馬しようとする貴方を駆り立てるものとはなにか?
一体私たちは、自分の中の無力感とどう戦えばいいのか?
ネーダー氏はアメリカと重なる日本の現状についての私の説明を一通り聞くと、静かに語り始めた。
 
大企業支配が隅々まで入りこんだ今の政治を一度や二度で変えるのは難しい。
競馬の様な選挙中継を見ていれば、レースの結果しか見えないだろう。
だが自分が出る事で、オバマ・マケインが献金元に遠慮して議論できないテーマがテーブルにのるのだ。
 
結局ネーダー氏は30分も話してくれた。
終了後抱擁を交わした時に、彼は力強い声で私に言った。
 
「日本の人たちに伝えてほしい。
決してあきらめないようにと。
どれだけ政治が劣化しても、不信感が絶望に変わる前に立ち上がるのです。
顔を覆っている両手を広げて、横の人間と手をつなぎなさい。
分断されている暇はない。
今すぐ結果が出なくても、20年、30年先にどんな社会を望むのかを明確にイメージすればいい。
私は苦しい現実にのまれそうな時はいつも、
孫やその先の世代に残したい未来をあれこれ想像します。
するとどんな小さな変化でも、そこに向かう道になり、再び力がわくのです」
 
見えない陸を描きながら、
眠らぬ翼で一心に南を目指す渡り鳥のように、
時間を超えた先を見つめる二つの黒い瞳。
その瞬間、百年先の未来を描く政治家の価値は、国境を越えて私のものになった。
夏が過ぎ季節が流れても、立ち止まりそうになるたびにあの輝く瞳が浮かんできて、私の背中をそっと押す。
目を閉じて再び翼を広げ、南風を探す力をくれる。
 
(「この星の時間〜ベストエッセイ2010日本文芸家協会編〜」(光文図書出版社)に収録)
 
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有権者の二割の支持で当選した知事。
増税、秘密保護法、国家戦略特区、共謀罪、独占禁止法改正、薬事法改正、環境法改正、介護保険改正、原発再稼働、教育の株式会社化、遺伝子組み換え承認、、、まだまだ続々とやってきます。
でも確実に、こちら側の数もすごいスピードで増えている。
最近ネーダー氏の言葉が、繰り返し胸の中に浮かんできます。

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