8月6日の広島に続き、今日、長崎も61回目の「被曝の日」を迎えました。
「怒りの広島」「祈りの長崎」とよく言われますが、カトリックの信者が多い長崎の街では祈念式典で「慰霊と核廃絶」の祈りが捧げられることでしょう。「祈る」とは「想像すること」を含む行為だと思います。死者を悼むとともに、今なお後遺症に苦しむ人々への「想像力」を失わずにいたいものです。
『きょう長崎原爆の日 平和公園で祈念式典
国際社会が核拡散の危機に直面し、被爆者運動が高齢化で岐路に立たされる中、長崎は九日、六十一 回目の原爆の日を迎えた。長崎市の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」は午前十時四十分から松山町の平和公園で営まれ、「長崎平和宣言」を世界に発信する。(中略)
長崎市と県によると、県内の被爆者は今年六月末現在、六万七千九十九人。うち市内は四万七千七百三十三人。被爆者の平均年齢は三月末現在、市内が七三・二歳、市内を除く県内は七四・四歳。』
8月9日付 長崎新聞より
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