40数年前、この男と出会わなかったら自分の人生は変わっていたかも知れないと思うと、墓前で思わず泪がこぼれた。
17歳でこの男と出会ってから私は10数年通ったプロテスタントの教会と訣別して要請論的無神論者となり、それ以来、今も自称「実存主義者」を標榜している。
大学は当時のサルトル研究の第一人者、松浪信三郎がいたバカ田大学の隣の大学の第一文学部西洋哲学科を目指すも失敗し、40年後にやっと社会人入試を経てあこがれの隣の大学に入学、哲学専修で4年間学ぶことができ、今は亡き松浪信三郎の愛弟子だった佐藤真理人教授のゼミでサルトルの「存在と無」の講読の機会を持つことも出来た。あこがれの大学で、あこがれのサルトルを学ぶことが出来たことは、私の人生で最大の歓びであった。
そのジャン・ポール・サルトルはモンパルナスの墓地の一隅で生涯の伴侶シモーヌ・ドゥ・ボーボワールとともに無神論者らしい質素な大理石の墓石の下に眠っている。
今でも訪れる人々が多く墓石の上にはたくさんのカードが置かれ、傍らには花束が供えられている。
私も小さなカードにサルトルへの想いを記して供え、朝靄に烟る早朝のモンパルナス墓地を辞した。
私の人生を変えたやぶにらみの哲学者と生涯結婚することのなかったその伴侶に合掌。
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