地中海に面した南フランスの港町マルセイユは上空から見るとこんなにも美しい街だ。
旧港のヨットハーバーには白く美しいヨットが数知れず繋留されていて、港の入り口にはかって地中海に向い砲台を構えていた要塞が今も残されている。
今を去る144年前(1868年=元治元年3月14日)エジプトで黄熱病に罹患したまま祖々祖父横山敬一はこのマルセイユ旧港に入港して、旧港から続く大通りに面したグランドホテル・ドゥ・マルセイユ(写真中央角、赤↓の石造りの建物)の一室で、現地の医師団の手厚い看護の甲斐もなく37歳で没した。
今回、二日間にわたる墓参を終えてマルセイユからパリに向かうTGVの中で、ふと「祖々祖父敬一は病に伏したホテルのベッドであの『マルセイユのゆで卵』を食したのではなかったか?」と閃いた。
過ぎ去ってしまった歴史の断片の中に埋もれてしまった事実は確かめようももないのだがきっと敬一も黄熱病の熱に苦しみながら命の象徴であるゆで卵を口にしたように思える。
そして、その命に与ることができず儚くなった敬一の想いが一世紀半もの時間を超えて甦り、きっとこの私を日本から遙か離れた美しい港町マルセイユに呼び寄せるのに違いない。
「さらば、マルセイユ!さらば敬一さん、必ず、またあなたのもとに戻って参ります。」合掌。
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