「信長演習」で漢文の「惟任退治記」を読んでいますが、今週、ついに編集者に発表の番が廻ってきます。漢和辞典、広辞苑、古語辞典、高校漢文教科書、ネット史料検索などありとあらゆるものを使って担当部分の漢文を読み下し、現代訳していきます。(かなり目途は立ってきましたが・・・演習を履修している歴史専修の強者の現役生の皆さん!あまり突っ込まないでね!老学生に愛の手を!)
編集者の担当は、一つは「本能寺の変」を離れた土地で聞き及び、本能寺に駆けつけるも信長が自刃して果てたことを知って「追い腹」を切った「松野平介一忠」という元医者の侍についての記述です。
この「松野平介一忠」は元美濃衆の武士でありながら信長に取り立てられたことに恩義を感じ、やはり美濃衆で知己でもある、信長襲撃の先鋒を勤めた齋藤利三が制止のために遣わした使いの言葉も聞かず壮絶な切腹を遂げます。その忠義は今の世で較べるものがないほどであると誉められています。
もう一つは京都を制圧して坂本城に戻った明智光秀の攻撃を恐れて、安土城を捨てて逃げようと大混乱に陥った城内の様子についての記述です。
「城に残っていた宿直の番衆から、正室、側室達、女房達、使用人、下人に至るまで、籠にも乗らず走ってあるいは裸足で散り散りに逃げ去った」と記されています。安土城の混乱ぶりが目に浮かぶような記述です。主人が討たれたと聞くと、配下の侍も奥方達も一斉に逃げ出すところががすごいですね。
戦国時代の時代性を感じさせる記述なっています。
その後、光秀が安土城に入城して、信長の蓄えた金銀財宝を部下達に分け与えたと言われていますが、安土城は一週間ほど後に原因不明の出火で焼け落ちます。出火原因には諸説がありますが、歴史的には特定されていません。あの壮麗な安土城炎上のシーンを想像するだけで鳥肌が立ちますね。
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