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素堂消息 元禄十二年『蓑笠』発句一入集。舎羅編。
はりまのくにゝ旅立れける人をおしミて
立ちされよ今は都に帰る厂 素堂老人
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素堂消息 元禄十二年『泊船集』発句一入集。風国編。
御手洗や半バ流るゝ年わすれ
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素堂消息 元禄十二年『面々硯』入集。調和編。(未見)
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素堂消息 元禄十二年『伊達衣』発句一入集。等躬編。
わが蔓ををのが手引の西瓜哉
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素堂消息 元禄十二年『海道東行』序文。貞因編。(未見)
(二月下旬、難波の夕陽軒良因東下の紀行『海道東行』に素堂序す)
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素堂消息 元禄十一年『続有磯海集』発句一入集。浪化編。
ばせをの墓にまうでゝ手向草二葉
秋むかし梅水仙とちぎしに
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素堂消息 元禄十一年『去来抄』に素堂俳諧新風の動き
今年素堂子、洛の人に傳えて曰、蕉翁の遺風天下にみちて、漸々に變すべき時至れり。吾子(去来)志あらば、我と吟會して、一つの新風を興行せんと也。去来答云、先生の言かたじけなく悦び侍る。予も兼而此思ひなきにしもあらず。幸に先生を後ろ楯とし、二三の新風を起さば、おそらくは天下の人をおどろかせん。しかれども、世波・老の波、日ようちかさなり、今は風雅に遊ぶべきいとまもなければ、唯御残多おもひ侍るのみと申。
素堂子は先師の古友にして博覧賢才の人なりければ、世に俳名高し。近来此道うちすさみ給ふといへども又いかなる風流を吐出されんものをと、いと本意な事なり。
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素堂消息 元禄十一年『橋南』入集。
戊寅の秋洛陽に遊ひ、一日鳴滝の茸狩して両袖にいたきて帰りぬ。
其片袖は都の主人にあたへ、大津の浦の一隠士安世のかたへ此三唱を添て送るならし。
其一 椎茸や見付ぬさきのおもしろさ 素堂
其二 松茸やひとつ見付し闇の星 素堂
其三 袖の香やきのふつかひし松の露 素堂
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素堂消息 元禄十一年二月刊、『寄生』(やどりぎ)佳聚亭編。
加茂川に遊びて
御手洗や半ハ流るゝ年忘れ 素堂
橋立や景過もせず霧のひま 素堂
【素堂】
夏から秋にかけて京都に留まる。芭蕉の塚に詣でて手向草二句を供え(『続有磯海』)又鳴滝に茸狩りを催して句三章を得る(『橋南』)。
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素堂消息 元禄十一年歳旦 六言六句(『素堂家集』)
元朝祝栢柿橘 今年覺百事吉
松風茶亭清談 鳥聲花中琴瑟
陶々哉斯下民 太平時不曲筆
一二之句百事吉之説出百川學海
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