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芸術家あるいは文学者と呼ばれる人たちは、私生活の心が清く真っ直ぐであるべきか。
俳句を始めて四年、結社を辞し、俳句総合誌に投稿し始めた。
投稿はがきに結社所属「○・×」何れかに印を付ける欄がる。(僕は無所属)
俳句に絞って言えば、俳句総合誌の撰者に選ばれるということはそれだけの実力を認められたからであろう。
一時期、投稿する句、佳作ではあったが毎月愛知県在住の撰者(二人いました)に入選していた。
そのことを俳友に話した、「Zenさん、それってお誘い選ですよ」
・エッ、それどういうこと?
「私の結社に入って下さい、ということよ」
「0子先生はだめよ、すごくお金がかかるという評判よ」
もう一人の方の結社に入会して選を受けることにした。
十句投句、誌代、一万六千円。(年間)
どういう句を投稿したのか、主宰の巻頭句、小論文、何も記憶なし、その結社に何も意欲なしくて半年で購読打ち切った。
今月の「寄付金」
00さん、二万円
✘✘さん、一万円
×✘さん、五千円
00さん三千円
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00二千円
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00さん一千円
これが大きく印象に残っている
誌代、一万六千円×百八十人=0000.000円
間違いは主宰が詩歌で食おうと思ったこと。
勿論、退会後、その結社の主宰からは十年間一句も入選句はなかった。
心が清く真っ直ぐでなくても構わない、でも、自分で選んだ仕事には誇りを持つべきだ。
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でもね、人には 努力目標 と いう
仲良いけど 最強の敵 が 有るのでは ♪
[ ang*a*ugen ]
2017/11/17(金) 午後 8:01
間違いは主宰が詩歌で食おうと思ったこと。
そうかなあ
プロセスはともかくとして。
[ ヤナ・ヤヌー ]
2018/6/28(木) 午前 8:37
〜あるべき
これほど堅苦しいものはない。
[ ヤナ・ヤヌー ]
2018/6/28(木) 午前 8:39